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「“理想の部屋”を想像するとき、多くの人は、洗練されたインテリアですっきり片付いた、きれいな空間をイメージするのではないでしょうか。でも、それがイコール“幸せな空間”だとは限りません

部屋を片付ければ幸せになれるワケじゃない

 そう話すのは1級建築士として、居心地のよい空間をテーマに数多くの家づくり、部屋づくりに関わってきた高原美由紀さん。

 これまで、「素敵な部屋にしたい」という理由でいらないものを捨てたり、デザイン性に優れた家具や照明に買い替えたりする家庭を多く見てきた。

 ところが、それと同時に聞こえてくるのは、いくら頑張っても部屋の見た目がオシャレに変わっただけで、“心からリラックスできない”“家族にイライラしてしまう”という声だった。

「そもそも、なぜ部屋を片付けたかったのか、新しい家具が欲しかったのかを考えてみてほしいです。根底には、心身共に健康で穏やかに過ごしたい、家族とのつながりや愛情を感じ、楽しく暮らしたいといった思いがあるはず。

 見た目をきれいに整えればそれらが得られるわけではありません。自分の家でどんな気持ちで過ごしたいかを考え、それを指標にして部屋を整えることが大切だと思います」(高原さん、以下同)

リタイア後を見据え部屋を見直すなら今

 そのための部屋づくりのポイントとして、高原さんが挙げるのは、(1)コミュニケーション、(2)パーソナルスペース、(3)外とのつながりという3つ。

「これらが見落とされてしまうと、理想からは程遠い生活になる可能性があります。夫婦仲が悪くなったり、心を病んでしまったりということも。

 “せっかく片付いた素敵な部屋にしたのに、なぜか満たされない”と自己肯定感まで下がってしまう人も見てきました」

 50代は、これから老後に向けて生活をダウンサイズするなど、夫婦で心地よく過ごせる部屋や家の見直しを意識する時期。夫婦や仲間とワイワイ過ごしたいのか、それぞれの時間をゆったりと過ごしたいのか、考え始めたほうがよい、とアドバイスする。

「リタイアしてから部屋を変えても、気持ちや生活のリズムが急に変わるものではありません。リタイア後の生活をイメージして、身体が元気なうちにしっかりと準備しておきましょう」

家具の配置は“視野60度”と“直径3.5m”を意識!

 老後も心身共に健康で過ごすための部屋づくりとして大事にしたい最初のポイントは「コミュニケーション」。高原さんは、“自然と”会話が増える仕掛けが必要だと話す。特に重視するのは“ソファの向き”だ。

「ソファは、部屋の中で人が集まりくつろぐ場所。これが悪い向きだと、会話がなくなるどころか、自己肯定感が損なわれることもあります」

座席が前後の「映画館型」はNG

 例えば、この部屋。夫婦2人暮らしのリビングでよくある配置に見えるが、なぜソファの位置がNGなのか、わかるだろうか?

 ヒントは、夫婦の定位置。夫の定位置がソファで妻はその後ろにあるダイニングテーブルの椅子だった。

「夫婦がまるで映画館のように同じ方向を向いて前後に座る状態になります。テレビを見るとき、妻は常に夫の背中越し。この位置関係では、会話が生まれづらいですよね。

 私たちの視界は前方180度程度ですが、実際は、視野60度以内に入っていない人や物は認識しづらいといわれています。ですから、夫婦がスムーズな会話を行うには、お互いが視野60度以内に入るような家具のレイアウトにすることが重要です」

 さらに、直径3~3.5mの円周上で過ごせる配置も、ストレス軽減に効果を発揮する。

「3.6m以上離れた距離の会話では、人はどうしても語尾が強まり、言い方がキツくなってしまうといわれています。

 子どものころ、離れたキッチンから“宿題やったのー?”と大きな声で母親に言われて嫌な思いをした人は多いのでは?ちょっとした確認のつもりでも、距離が離れただけでギスギスした会話になってしまうのです」

 その後、この部屋は“視野60度”“直径3.5m”を意識して家具の配置を変更。結果、それだけで「夫婦の会話が増え、満たされない気持ちも感じなくなった」と妻から喜びの声を聞けたと高原さんは振り返る。

「とりわけ、リタイア後は夫婦2人の時間が増えるので、会話がなく、一緒にいるとイライラするような状態は避けたい。意識せずともお互いが心地よくやりとりができる環境をつくることは、老後の健全な生活につながると思います」

会話が増える「視野60度」配置へ

こんなソファはNG!
□家族に背を向けている
□昼間に外の光を感じられない
□壁に向くなど外の景色が感じられない
□誰かひとりの私物で占有されている
□視界に室内物干しがあるなど、物が多く
□雑然としている
「ソファは家族が集まり、くつろぐ場所。デザインのよさだけでなく、置く場所や座ったときに見える景色が重要です」(高原さん)

視野60度の法則

一人で気兼ねなく使える場所を確保!

 さらに、老後を見据えた部屋づくりだからこそ重要になるのが2つ目のポイントである「パーソナルスペース」だ。

「1つ目では夫婦の会話や一体感につながる家具の配置を推奨しましたが、夫婦だけの老後生活を考えるとそれだけでは、いま一歩。

 小さな子どもがいる家庭とは異なり、長年一緒にいる大人だけの暮らしでは、いい塩梅の“距離感”が持てる空間が必要だと感じます」

 自分の趣味のものや本、パソコンが置けるコーナーをつくるのはもちろん、キッチンにも好きな食材や調味料などをストックできる場所がそれぞれにあるとよい。

「重要なのは、個々のスペースはお互いに干渉しないこと。その場所の掃除や管理は各自で行うようにすることです。

 好きなようにできる場所があることで、互いに頼らず自立できるきっかけになります。このおかげで夫が料理好きになり、自己肯定感が高まって、いきいきしてきたという声も」

 リタイアした夫が「家に居場所がない」、「やることがない」とネガティブ思考に陥って、うつ病や認知症につながるリスクも軽減できるはず。夫婦だからと何もかも“共用”がよいわけではないのだ。

「大型のソファを手放し、1人掛けのソファ2脚に買い替えたご夫婦もいました。それまでは、2人掛けのソファで横になる夫に“ちょっと起きて”とひと声かけて座っていたそうですが、専用をつくることで、ケンカが減ったそうです。

 たとえ椅子1つでも、相手に気兼ねなく、思いどおりに過ごせる場所があると、生活は大きく変わります」

日の光や雨の音など外部刺激が脳を活性

 3つ目は、「外とのつながり」。昼間なのに外の光を感じられない部屋や、カーテンで外の景色が見えないという部屋は避けたい。心身の健康を害する心配があるからだ。

 実際、高原さんのもとに、日中からまったく日が当たらない賃貸物件に住む家族から「気分が落ち込む」という相談が寄せられたことも。

「暗い部屋というのは、将来にわたって性格に影響を及ぼすともいわれていますから、すぐに引っ越しをすすめました。それが難しい場合は、日光に近い光の照明に変えたり植物を置くなど、外の環境を感じる工夫が必要。

 座ったときに外の景色が見られるような向きにソファを配置したり、外部からの視線が気にならない範囲でカーテンを開けることが望ましいです。ベランダに“縁側的”コーナーをつくるのもいいですね」

 シニアにとっては、四季の移り変わりやその日の天気など、自然の変化を見たり感じることが脳へのよい刺激に。

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今からやっておくべきPOINT

・パーソナルスペースをつくる

 自分で好きに管理できる場所をつくることで、気持ちにもハリができ、お互いを尊重することもできる。

・外とのつながりをつくる

 時間や季節の移り変わりを感じる部屋に。また、近隣の人とも交流できる仕組み(縁側など)も大切。

・家具・内装を変えるなら天然素材

 木の家具や自然素材の寝具などは、心身に良い影響が。畳や、簡単に壁に貼れる天然木パネルも◎。

・バリアフリーにしすぎない

 年をとっても身体の機能を衰えさせないためには、多少の不便があったほうが筋トレになってよい。

・「片付け」の定義を家族とすり合わせる

 どんな状態を「片付いている」と認識するかを共有。

終活はしすぎない!思い出は老後の潤いに

 また、家具や内装を変える場合は、天然素材のものを選ぶのもおすすめだ。自然を感じられるだけでなく、、調湿機能に優れており、風邪をひきにくくなるメリットも。

「“終活”を理由に片付けを加速しすぎることにもストップをかけたいです。60代後半のある女性の例ですが、部屋をスッキリさせるために50代半ばから、部屋の物をどんどん手放し、家具もダウンサイズしたそうです。

 ところが、持ち物を必要最小限にし、自分が思っていたとおりの部屋が完成したとき、彼女は思ったそうです。“なんだかむなしい”って。防災グッズしか残っていない部屋で、これから先の人生をどう過ごすのか想像すると悲しくなったと言っていました

 物が多すぎるのもストレスだが、趣味のグッズや思い出の品など、見ているだけでワクワクするものがなければ、潤いのある老後は過ごせない。

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「子どもたちが親の家を片付けるときは、過保護にしすぎないことも大切です。両親が元気に暮らしているのであれば、少々の段差はすべて排除しなくてもいい。むしろ、家の中で過ごすだけでも運動になるような工夫があるほうがよいと思います」

 例えば、洗濯物を干す場所が2階で大変そうだと思っても、足腰が丈夫なうちは、“筋トレ”と捉えてみる。

「年齢を重ねたからといって、物を減らすだけが正解ではありません。家具の位置を変えるだけでも、夫婦関係がよくなったり、ストレスが減ったり、“心地いい部屋だな”と思えることも。

 どんなふうに年齢を重ねていきたいか想像して、末永く健康に暮らせる部屋づくりをしてください」

高原美由紀さん●空間デザイン心理学協会代表理事、1級建築士。心理学・脳科学をもとに幸せな人生を送るための部屋づくりの法則を「空間デザイン心理学」として体系化。近著に『ちょっと変えれば人生が変わる!部屋づくりの法則』(青春出版)

教えてくれたのは……高原美由紀さん●空間デザイン心理学協会代表理事、1級建築士。心理学・脳科学をもとに幸せな人生を送るための部屋づくりの法則を「空間デザイン心理学」として体系化。近著に『ちょっと変えれば人生が変わる! 部屋づくりの法則』(青春出版)。

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取材・文/河端直子