※写真はイメージです

 寒い季節になってくると、気をつけたいのが入浴中の溺死。「お風呂で溺れるなんて!?」と思うかもしれないが、その死亡者数は実に交通事故死の約3倍。

 話題の「ヒートショック」について、そして入浴関連死の予防策を救急医療の専門医・薬師寺泰匡先生が解説。

シニアを襲う冬の溺水。8割が入浴中に亡くなる

 寒い冬はお風呂にゆっくりつかり、一日の疲れを癒したいもの。でも、そこには危険が伴うことを認識しなければならない。

入浴中に死に至る“入浴関連死”は寒くになるにつれて増加します。冬(12月から2月)は夏(7月から9月)に比べて入浴関連死が6.9倍になるという報告もあります

 こう語るのは、救急科専門医で薬師寺慈恵病院院長の薬師寺泰匡(ひろまさ)先生。

「特に注意が必要なのは高齢者です。入浴関連死の大多数を65歳以上の高齢者が占め、自宅のお風呂で溺死するなど、冬季に多発しているのです」(薬師寺先生、以下同)

 厚生労働省の「人口動態統計」によると、令和5年に不慮の事故で亡くなった高齢者の主な死因のひとつが「不慮の溺死および溺水」。うち約8割の6500人余りが入浴中に亡くなっている。同年の交通事故死亡者数の約3倍にも上る値だ。※水中で呼吸ができなくなり窒息する状態

なぜ入浴中に溺水?ヒートショックとは?

 なぜ、冬場の入浴中に溺死する事故が起きるのか。また、なぜ、シニア層がその危険にさらされるのか。

「原因の多くが『ヒートショック』と考えられてきました。ヒートショックは、急激な温度変化によって血圧が大きく変動し、心筋梗塞や脳卒中などの健康被害を引き起こすことを指す言葉として市民権を得ています。

 ただ、気をつけておいてほしいのですが、ヒートショックという言葉は実のところ医学用語ではありません。専門的には、入浴に伴って起こるさまざまな体調変化を、便宜的にまとめて呼んでいる表現です。

 大切なのは言葉ではなく、どのような経過で事故が起きているのかを正しく理解することです」

65歳以上の「不慮の溺死および溺水」と「交通事故」死者数

入浴関連死の真の原因、真冬の「熱中症」に注意

「これまで、『寒暖差で血圧が急変し、脳卒中や心筋梗塞が起きる』と説明されることが多くありました。

 しかし、救急医療の現場で実際の症例をみると、入浴中の死亡原因として、脳卒中や心筋梗塞が明確に確認される例は決して多くありません

 むしろ多いのは、熱い湯につかる→体温が上がる→脱力や意識消失が起こる→そのまま浴槽内で溺れてしまう、という経過とのこと。

これは、入浴による高体温状態(熱中症に近い状態)と溺水の組み合わせと考えられています。浴槽は水深が浅くても、意識を失えば非常に危険な環境になります

お湯の温度と入浴の時間が生死を分ける

 意外なことに、これまでヒートショックと呼ばれていた現象は、入浴関連死に大きく影響しないかもしれないということだ。

 では、この入浴関連死を防ぐにはどうすればいいのか。その方法やポイントを教えてもらおう。

「脱衣所や浴室を暖めること自体は悪い対策ではありません。ただし、寒暖差を減らせば脳卒中や心筋梗塞が起きなくなる、という確かな医学的証拠はありません。

 もちろん、急な温度変化で血圧が変動することはありますし、持病のある方では体調を崩すきっかけになる可能性はあります。しかし、それだけで重大な病気が起こると決めつけるのは正確ではありません。

 脳卒中や心筋梗塞を減らしたかったら、高血圧や脂質異常症のコントロールをするほうがはるかに重要です。入浴事故対策としては、寒さ対策だけに偏らず、実際に多い事故のパターンに目を向けることが重要です

 熱中症が原因だとしたら、お湯の温度と、浴槽につかる時間が入浴関連死を防ぐポイントとなるようだ。

入浴中の死亡者の年齢層

「熱中症は、室内の寒暖差に気を配るだけでは防ぐことができません。お湯の温度が大切で、熱いお湯に長時間つかるのはNG。

 例えば、42度のお湯に10分つかると、体温が1度上昇します。38度を超える高体温は、熱中症や意識障害などをもたらす危険なレベルです。41度以下のお湯で、10分までの入浴を目安にすること。41度のお湯であれば、10分入っても体温は38度以下に保たれます」

 浴槽から出るときも注意しなければならない。急に立ち上がると一時的な意識喪失や立ちくらみを起こすことがあるからだ。手すりや浴槽のへりにつかまり、ゆっくり立ち上がるようにしよう。

「お風呂の環境面以外でいえば、食後すぐの入浴は控えたほうがいいと思います。高齢者は食後一時的に血圧が下がりやすく、入浴中に失神するリスクがあります。飲酒も同様。お酒を飲んだあとはアルコールが抜けるまで入浴しないようにしてください」

 また、家族など同居者がいる場合は、ひと声かけてから入浴するのも重要だという。

「『いつもより入浴時間が長い』『お風呂場で音がまったくしない』などと感じたときは、様子を見に来てもらうようにする。万が一、体調の悪化など異変があった場合にも早期発見してもらえるので、安心です」

冬の入浴で気をつけたいポイント

ヒートショックを起こす温度変化

 暖かい室内では血圧は安定。寒い脱衣所や浴室へ行くと血管が収縮し、一気に上昇する。その後、浴槽で身体が温まるにつれて血管が広がり、血圧は低下していく。こうした血圧の急激な変動が一時的な意識障害などをもたらす。

風呂場で死なない7つの心得

1)湯温は41度以下を目安にする
2)長湯を避け、10分程度で切り上げる
3)のぼせや息苦しさ、動悸を感じたらすぐに出る
4)浴槽から出るときは、急に立ち上がらず、ゆっくりと
5)浴槽から出るときは何かにつかまる
6)飲酒後や体調不良時の入浴は控える
7)家族など同居する人にひと声かけて入浴する

 同居する家族がいる場合は、「いつもより長く入っている」「物音がしない」といった点に気づいたら、遠慮せず声をかけることも大切。発見が遅れることが、命に直結する。

薬師寺泰匡先生●救急科専門医。薬師寺慈恵病院院長。富山大学医学部卒業後、岸和田徳洲会病院、福岡徳洲会病院で救急医療に従事。2020年から病院長を務めつつ、岡山大学病院高度救命救急センターで救急医療にも取り組んでいる。

教えてくれたのは……薬師寺泰匡先生●救急科専門医。薬師寺慈恵病院院長。富山大学医学部卒業後、岸和田徳洲会病院、福岡徳洲会病院で救急医療に従事。2020年から病院長を務めつつ、岡山大学病院高度救命救急センターで救急医療にも取り組んでいる。


取材・文/百瀬康司