衆院選を前に「政治とニッポンの行方」について緊急インタビュー。小説家・平野啓一郎さん(42)が考える衆院選の争点、そして政治において本当に大切なこととは?

小説家 平野啓一郎さん

政治もパートナーも、選ぶときに大事なのは「まともな疑り深さ」

 今回の選挙は政治の「まともさ」をめぐる闘いだと思うんです。安倍政権で麻痺してしまいましたが「おかしいのではないか」という“まともな疑り深さ”が重要。例えば、どういう相手がパートナーとして信頼できるかという皮膚感覚はけっこう大事で、ごまかしたり、力づくで押し通したりする人は嫌だ、というのは政治にも言えると思う。

 政治への信頼をどう回復していくかは大きな問題です。信頼について、ドイツの社会学者ニコラス・ルーマンは、“コスト”の問題だと言っています。「嘘かもしれないし本当かもしれない」「半分は嘘かもしれない」という無限の選択肢があると、コミュニケーションのコストは高くなるし、未来は無限に複雑になっていく。その複雑さを減らすために「この人の約束は守られる」という信頼に価値を置く。すると安定的に働くことができるし、コミュニケーションに無駄な時間を割く必要がない。安倍首相が、森友・加計学園問題にきちんと答えれば、あれほど国会の時間を無駄にすることはなかったんです。基本となる信頼が安倍政権では損なわれてしまった。

 大きな流れでみると、小泉政権のころから富めるものは富み、貧しい人はさらに苦しくなるという新自由主義に立った政治が行われ、格差が深刻になりました。そして今は福祉政策を強化して、多くの人が安定的な生活を営める政治が求められている。それは安倍政治の「反対」に当たると思います。

 本当に大切なのは、自分の生活実感の中から「今のままでいいか」を考えること。失業率低下、株価上昇などと言われていますが、それに実感がないなら「じゃあ、どうしたらいいのか」をよく考えて投票に行く。いくら企業の株価が上がっても、消費者が豊かになっていなければ、経済が上向くことはありません。

 政党の公約には、格差の是正、女性の活躍、待機児童問題などが並びますが、例えば「女性の活躍」で言えば、「どう考えているのか」を見極める。単に労働力が足りないから働いてもらわないと困るということなのか、男女差別をなくしていき、女性が活動しやすくしようとしているのか、そこが重要です。

 安倍政権下では弱者への言説のあり方も変わりました。以前は、金持ちは頑張っているのだからという文脈で、低所得者を放っておくような否定の仕方だった。それが今は、生活保護バッシングのような、社会保障費で迷惑をかけているという積極的な否定になっている。新自由主義から全体主義へ変化したと思います。

 でも本来は、みんなが生き生きと、おもしろい活動やすごい試みをできるような「雑多さ」を許容する社会のほうが結果的にうまくいく。未来への予測不可能性が極端に高まっている今、何が本当に役立つのかわからない。いろいろなことをしている人がいるほうがいいに決まっています。

 五輪のためにいずれ使わなくなるような施設を建てたり、北朝鮮問題を煽ることで国家の存在意義を強化したりすることよりも、日本は切羽詰まった問題をたくさん抱えているはず。社会福祉の観点から暮らしをどう平和的に維持し、人々の雑多さを許容できるか、考える政治が必要です。僕は自分を漠然と中道左派くらいだと思っていますが、何にせよ、「まともな」政治であってほしいと思います。

<プロフィール>
平野啓一郎さん◎小説家。’99年、京都大学在学中に発表した『日蝕』で芥川賞を受賞。最新長編小説は『マチネの終わりに』