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 生活習慣病の初期サインは自覚しにくいため、健康診断で指摘されても油断しがちだ。だが、「まあ、病気になっても薬をのめばすむ話でしょ」と考えるのは大間違い。

生活習慣病は薬では治らない

「生活習慣病は、遺伝的な背景に加えて喫煙や運動不足、偏った食生活など、健康的といえない生活習慣が招いた病気のこと。その生活習慣を改善しないかぎり、病気は決して治りません」

 薬に頼りがちな日本人に警鐘を鳴らすのは、医師であり薬剤師でもある平井みどり先生だ。

 生活習慣病が薬だけでは治らないことを示す、平井先生の知人の例を紹介する。

 さる重職にいた70代男性は血糖値が異常に高くなり、ついに入院。もともと血糖値が高めだったうえ仕事柄かなりのストレスにさらされていた。

 一時はインスリン注射が必要なほどだったが、重職を退いたことで血糖値は順調に下がり、ついにはインスリン注射も不要になったという。

「この人の場合はストレス過多だった生活が改善されて血糖値コントロールに成功しました。薬だけに頼ってストレスの多い生活を続けていたら、将来は透析などが必要になっていたかもしれません」(平井先生、以下同)

怖いのは薬の効きすぎ

 厚生労働省の調査によれば、70歳以上の女性の5割が高血圧の薬を、3割がコレステロールを下げる薬をのんでいる。ただ、医師に言われて漫然と薬をのみ続ければ、新たなリスクを招きかねないと平井先生は言う。

血圧を下げる薬とコレステロールを下げる薬をのんでいる女性の割合を示したグラフ。どちらの薬も年齢が上がるほどのむ人が増えていることがわかる。(出典:厚生労働省「国民健康・栄養調査」令和元年)

「同じ薬の量でも加齢により薬の効き方は変化します。怖いのは薬の効きすぎです」

 加齢により腎臓や肝臓の機能が衰えると、薬の代謝に時間がかかり、体内に薬の成分が長くとどまる。若いころと同じ量でも薬が効きすぎるおそれがあるのだ。

 生活習慣病の薬が効きすぎると、どうなるのか?

「薬の種類やその日の体調により、ふらつきや転倒、食欲不振や便秘、排尿障害などさまざまな不調が起こりえます」

 例えば糖尿病の薬。最近ではSU薬(スルホニル尿素薬)が低血糖を起こしやすいことが知られ、高齢者には低血糖を起こしにくい他の薬に切り替える傾向になってきた。

ただし、他の種類の薬にすればもう安心、とはいきません。複数の薬をのむ人も多いので、のみ合わせによる作用にも十分注意してほしいですね」

 しかも、高齢になるほど低血糖の初期症状を見逃しがちというからやっかいだ。

「低血糖でふらつき、転倒して骨折でもすれば、糖尿病の人は血流障害などのせいで治りが遅いため、寝たきりになるなど状況が悪化するおそれがあります。また、低血糖で頭が混乱して興奮したりぼんやりしたりする『せん妄』を起こしたのに、認知症と勘違いされてしまう人もいます」

 その結果、新たに薬が増えてしまうなんてこともある。

 高血圧の薬も、血圧を下げすぎれば、ふらつきや転倒の危険がある。また、血液中のカリウム値が上昇しすぎて不整脈を起こす種類の薬もあり、心臓に問題を抱える人は特に注意が必要だ。

シニア女性は骨の薬にも要注意

 シニア女性が気をつけたい病気に骨粗鬆症(こつそしょうしょう)がある。

 閉経や加齢に伴い骨密度は低下するうえ、食事や運動など長年の生活習慣も骨密度に影響するため、「骨の生活習慣病」ともいわれている。この病気も生活習慣の改善が治療の最優先で、必要に応じて薬物治療が加わるが、薬の頼りすぎはキケンだ。

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 ある女性のエピソードを紹介したい。

 骨粗鬆症対策に熱心な70代女性は、病院からカルシウムの吸収を促進するためのビタミンD製剤をもらってのみ、スポーツジムにも通っていた。

 ある夏の暑い日、ジムで運動後に入浴して気分が悪くなり、手足にしびれも出たので救急外来へ駆け込んだ。脳梗塞を疑われ頭部を撮影したが異常なし。念のため一晩入院し、翌朝の血液検査で高カルシウム血症と判明した。

「実は彼女は、ビタミンDの他にカルシウムのサプリものんでいました。救急外来で真っ先にそれを伝えていれば、血液検査だけで済んだはずです。

 カルシウム成分の過剰な摂取と大量の発汗で、血中のカルシウム濃度が異常に高くなってしまい、体調不良を招いたのです」

 自己判断で必要以上に薬やサプリをのんではいけないと肝に銘じたい。

 また、シニア女性がよくのむ薬の1つにコレステロールの薬があるが、これものみ続けるべきか、慎重に判断したい薬のひとつだ。

 いわゆる悪玉コレステロールの数値が140mg/dLを超えると、高LDLコレステロール血症という診断になるが、閉経後の女性は悪玉コレステロール値が急上昇しがちだ。

 そのため、基準値を超えたらすぐに薬を出すべきなのか、遺伝や動脈硬化などのリスク要因がなければ薬は不要ではないか、と考える医師もいるのだ。

 実は平井先生も、この薬をのみ続けている1人だが、やめどきを思案中だという。

「この薬は副作用はきわめて少ないものの、のむとてきめんに効果があるかというと微妙かなと思っています。数か月やめてみると確かに数値は上がるので、いまのところのんでいますが、個人的には一生のみ続ける必要はないと思っています。いずれはやめるつもりです」

 のむ薬の必要性を判断できるのは平井先生自身が医師なればこそ。素人の私たちはくれぐれも、自己判断で処方薬をやめてはいけない。

「10年、20年先に深刻な事態にならないためにのむのが生活習慣病の薬ですが、一生涯のみ続ける薬だと思い込む必要もありません。生活習慣が改善できれば薬を減らす・やめることは十分に可能です」

 その薬が本当に必要かを医師に聞きづらければ、かかりつけ薬剤師を持とうと平井先生は提案する。

「薬局での支払いが3割負担で1回60円または100円増えることになりますが、契約した薬剤師さんにいろいろと相談できます。のんでいる薬が多い人は一度検討してみてもいいかもしれません」

漫然とのみ続けてはいけない!生活習慣病の薬のリスク

高血圧の薬

ループ利尿薬→効きすぎると腎機能障害が起きる

α遮断薬→効きすぎると立ちくらみからの転倒、骨折リスクあり

β遮断薬→効きすぎると呼吸器疾患の悪化、ぜんそくの誘発の他、血管性認知症になるリスクも

糖尿病の薬

 SU薬(スルホニル尿素薬)やインスリン製剤は効きすぎると低血糖を起こし、ふらつきや転倒で骨折したり、せん妄などで認知症と誤解されるケースも。

コレステロールの薬

 特に閉経後の女性に対しては、悪玉コレステロール(LDL)値だけを判断基準にして出すべきではないという意見あり。また、肝障害やまれに横紋筋(おうもんきん)融解症という重い副作用を起こす場合がある。

血液サラサラの薬

 抗血栓薬は血液をサラサラにするため、消化管からの出血や脳出血のリスクを高める。ただし、医師が指導した量を厳守すること。

平井みどり先生●神戸大学名誉教授、京都大学医学研究科特任教授。医師と薬剤師の免許を持ち、長年、薬の適切な使い方や予防医学の大切さを訴えてきた。
教えてくれた人……平井みどり先生●神戸大学名誉教授、京都大学医学研究科特任教授。医師と薬剤師の免許を持ち、長年、薬の適切な使い方や予防医学の大切さを訴えてきた。

(取材・文/冨田ひろみ)