目次
Page 1
ー 全て自給自足の7人家族の生活
Page 2
ー 子どもたちに安全な環境と食べ物を ー 市販のお菓子、学校給食などが禁止の理由
Page 3
ー 長男は集落にとって久しぶりの赤ちゃんだった ー 和楽が指を切断!? スーさんは……
Page 4
ー 命と向き合った結果、選んだ狩猟生活
Page 5
ー 「YouTubeをやりなさい」のお告げが!?
Page 6
ー 子どもから見た『廣川家』のありようとは
Page 7
ー 「反抗期」を乗り越え「頼れる人」に

 “旅系弾き語りの人”ジュンノスの軽快な曲『カタバミ』で始まるYouTube『廣川家』。

 スーさんとあゆみんこと、廣川進さんとあゆみさん夫妻に5人の子どもたちの、徳島の山深い集落での自給自足な暮らしエピソードを公開したものだ。

 どれも、なんてことない日常だが、私たちが思い描く田舎暮らしとはちょこっと「違う」。なぜならスーさんのモットーが「機械を極力使わない」「不便を歓迎する」だから。

全て自給自足の7人家族の生活

自然に囲まれた徳島県の山奥の集落での生活は不便に見えるが、それすらも楽しむように廣川家は今日を生きていく※撮影/いとうしゅんすけ
自然に囲まれた徳島県の山奥の集落での生活は不便に見えるが、それすらも楽しむように廣川家は今日を生きていく※撮影/いとうしゅんすけ

 畑や田んぼの作業は人力。台所にガスコンロやIHなどはなく、加熱調理はかまどで。火おこしは乾燥した松の葉。お風呂は庭に自作した露天の五右衛門風呂。トイレはおがくずを利用したバケツ型。テレビもニンテンドーもない。夏は窓を開け放し蚊帳の中で眠り、冬でも薄着。まるで昭和の初めにタイムスリップしたかのようなビジュアルなのだ。とはいえ、洗濯機はあるし、現代生活に必須のネット環境は完備。室内は片づけと掃除が行き届いており、台所は清潔でピカピカ。

 食卓には自家製納豆や漬物といった惣菜とともに、ガパオやキドニーパイなど多国籍な料理が並ぶ。麺も具もスープもすべて自家製の本格的なラーメン、ヤギ乳を使ったショートケーキやいちごタルトなどを作ることも度々。

 ときには失敗することもあるけれど、そんなときはガハハと笑っておしまい。毎日をのびやかに謳歌する廣川家の様子に、動画を見た多くの人がほっこり幸せな気持ちになれると人気を集めている。そんな一家の“これまで”を振り返ってみると─。

 スーさんは1974年、新潟県で生まれた。

「いつも居心地が悪くて、ここではないどこかに行きたかったなぁ」

 やんちゃな時代を経て自力で大検(現高卒認定)を取り、奨学金で専門学校に4年通ってはり師、3年通って柔道整復師の国家資格を取得。

火や光をテーマに観客を魅了するパフォーマンス集団『火付盗賊』で舞い踊る進さん
火や光をテーマに観客を魅了するパフォーマンス集団『火付盗賊』で舞い踊る進さん

 卒業後は海外を放浪し、大道芸の一種で火を操るファイアパフォーマンスと出合う。帰国後、当時日本最大級のファイアダンスチーム『火付盗賊』に初期のころから参加。そこに入団してきたのが7歳年下のあゆみんだ。

 あゆみんは徳島県で生まれ育ち、短大を卒業後、東京へ。介護施設で2年ほど働いた後、ファイアダンスチームに入団。退団後はソロとして、また女性4人のチームを組み活動。

「当時は住み込みのバイトをして生活費を稼ぎながら、日本中を旅する気ままな生活。これから先の人生も、メイクやおしゃれに励まなくていい暮らしを送りたいなぁと、漠然と思ってた」。

 好きなことに打ち込んで、自由を享受していた20代のあゆみん。

「久しぶりにボーイフレンドができたと思ったら、付き合って2か月目に赤ちゃんに恵まれて、突然、結婚することになっちまったのさ」