育成5位で14歳の中学生を指名した巨人の“攻めのドラフト”が話題を呼んでいる。これを機に、野球ファンの間で思い出されているのが、15歳で阪神に入団した辻本賢人氏だ。将来を嘱望されながらも、一軍のマウンドに立つことなく球界を去った“神童”は今、どこで何をしているのか。
10月22日に行われたプロ野球ドラフト会議で、巨人は、メジャー挑戦を表明していた横浜高の最速157キロ右腕・織田翔希を1位で強行指名。さらに、育成5巡目で川崎市立向丘中学校3年の関蓮太郎の名前が読み上げられると、会場からは驚きのどよめきが起こった。14歳9カ月での指名は、ドラフト史上最年少となる。
この指名により脚光を浴びているのが、2004年に15歳10カ月で阪神から8位指名を受けた辻本氏だ。当時15歳でのプロ入りは大きな衝撃を与え、22年にわたって最年少記録として語り継がれてきた。
「未成年の人生を預かる球団の責任について、当時は非常に厳しい議論が交わされました。かつて阪神の監督も務め、当時は社会人野球『シダックス』を率いていた野村克也氏は、辻本氏のプロ入りに猛反対。『15歳はまだ教育の必要がある。取るんなら定時制にでも入れて、勉強させるべきだ』『取る方も取る方だし、出す方も出す方』と、厳しい口調で持論を展開していました」(スポーツ紙デスク)
中学卒業後にアメリカの「マタデー・ハイスクール」へ留学していた辻本氏は、最速142キロを記録。将来のエース候補としてファンの期待も大きかった。
「骨格が完成していない段階でプロの練習をこなしたせいか、在籍した5年間のうち4年はケガに悩まされました。2009年には第5腰椎の疲労骨折に見舞われ、一軍登板のないまま20歳で戦力外通告を受けます。チームメイトの藪恵壹氏の助言を受けて、アメリカの独立リーグ入り。サイドスローに転向し、ニューヨーク・メッツとのマイナー契約を勝ち取りましたが、右肘を故障し、2013年に自由契約となり、ユニフォームを脱ぐことに。現在は地元・神戸で翻訳家となり、日本の雑誌記事を英訳する仕事や、外国人をアテンドするコーディネーターを務めているそうです」(週刊誌記者)
久保建英選手も15歳でプロデビュー
一方、野球以外のスポーツ界に目を転じると、異なる育成の仕組みも見えてくる。
「サッカー界に目を向けると、マラドーナ氏やスペイン代表のヤマル選手、国内でも森本貴幸氏や久保建英選手のように15歳でプロデビューした例は珍しくありません。しかしサッカーには下部組織や2種登録といった、学業と両立しながら段階的にステップアップできる制度が存在します。対照的に野球はドラフトを経て中卒の個人事業主として直接ビジネスの世界に入る構造のため、投打における身体への局所的負荷も含めて、慎重な育成計画が求められます」(スポーツライター)
中学生指名が、今後のドラフト制度における“抜け道”にならないか。明確な指名ルールの整備に向けた議論が本格化していきそうだ。























