「高齢化動物園」が介護も寝たきりも隠さない姿勢でV字回復

 動物園で暮らしてもらう以上、動物には幸せかつ健康でいてほしいもの。近年は動物福祉の考え方から『環境エンリッチメント』『ハズバンダリートレーニング』といった手法が日本の動物園にも広まってきた。

 環境エンリッチメントとは、限られた空間でも幸せに暮らしてもらうため、生活環境を豊かにすること。ハズバンダリートレーニング(=ハズトレ)は健康管理などを行うためのトレーニング。検査や治療をしやすいように協力してもらう動作を教え込む。例えば、採血する際に静止させるのはその動物の健康のためだが、動物自身は理解できず苦痛なだけ。それをトレーニングで“平気なこと”に変えてあげるのだ。

 これらの手法を組織的に取り入れ有名になった大牟田市動物園を訪ねた。4年前からハズトレを始め、その様子を客の前で実演することで、10数万人台だったた入園者数が’15年は21万4135人、’16年は25万1658人と着実に伸びている。

「獣舎は昔ながらの檻やコンクリートで一部老朽化も進んでいますが、すぐにはリニューアルできない。だから今ある環境で、できるだけ動物が幸せに過ごせる工夫をしています」

 と広報の今村友維子さん。

 コンクリートの床に砂を敷いて手足のケアをしつつ、砂にエサを隠して採食時間を長くすることで退屈な時間を減らす、といった工夫をしている。スタッフは定期的に砂を替えなければならず、作業は増えるが、ここでは動物が優先だ。

 今村さんの案内で園内を歩く。確かに細部に歴史を感じるが、手入れが行き届き、動物たちがゆったりと展示されている。

“触れ合い”にも力を入れており、モルモットは84匹もいる。飼育員はすべての個体の見分けがつき名前もわかるという。

「時間になったら、モルモット小屋から触れ合い広場まで長い橋を架けて、鈴の合図で誘導します。なかには小屋から動かずに“移動拒否”する個体もいますが強制しません。自分の足で歩いてきた子だけを触れ合い対象にしています」

 動物の自主性に委ねる人道的なやり方である。

 ライオン舎の前には人だかりができていた。ここ大牟田市動物園は国内で初めてライオンの無麻酔採血に成功している。その実演が始まるという。飼育員が肉を与えている間に、別の飼育員が尾をフェンスの外に出し、獣医が尾から採血する。ライオンが定位置につくと笛を鳴らし、“その格好でOK、そのまま”と合図を送る。

 飼育員の伴和幸さんによれば、

「オス、メスともに2週間ほどトレーニングした結果です。最初は実際の注射ではなく、尾をつまんだり叩いたりして刺激を与え徐々に慣れさせました。ライオンは人を見分けられるので“あの人には不快なことをされる”と学習すると、寄ってきてくれなくなることも。トレーニングの最後には注射をした獣医も肉をあげて“仲直り”します

 大きなライオンでも麻酔はリスクとなるが、トレーニングで麻酔なしの安全な採血ができるようになった。繁殖生態がわかったり、野生下での保全につながるなどのメリットもある。

 ほかにも、国内で初めてトラやマンドリルなどの無麻酔採血に成功している。

 園長の椎原春一さんはこう話す。

「動物は元気なときもあれば病気になることもある。ハズトレはカッコいい動物園の“舞台裏”のようなものですが、あえて見せることで、動物の尊さや人生の深みを考えるきっかけとなればいいなと思います」

ハズトレ訓練中のキリン 撮影=久我秀樹
ハズトレ訓練中のキリン 撮影=久我秀樹