曲に込めた思いを語った七尾旅人
曲に込めた思いを語った七尾旅人
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 しかし、この作品には七尾個人のエゴや実験精神や願望は、いっさい含まれていないという。

「今までにない空っぽの心境で作った」という曲の誕生は、七尾にとって身近な人の、突然の自死がきっかけだった。葬儀の日の夜、ギターを抱えるうち、ごく自然に、子どもへ語りかけるような歌が生まれた。

「人間って、ひと皮むけば誰もが子どもと一緒で、幼いころから変わらない場所がある。そうした“子ども性”と言ったらいいのか、どんな人間でもよく目を凝らしてみたら、その人の原型のようなものが見えてくるんです。その、命のいちばん奥底、根源にある部分は揺らがないし、善も悪もない。ただ光を帯びていて、この世界に生まれてきたことを祝福されている。どんな人間でもそうだと感じるんです」

 たとえ戦火のやむことはなく、現実には陰惨な事件が絶えないとしても、

「人間の原型を見つめると、なんとか絶望しないでいられる。もちろん、人は愚かですよ。惑うし、いろんな欲を抱えるし。でも、それは表層的なこと。人は、とてつもなく醜悪なこともするけれど、同じ人間が、ときに信じがたいほど慈悲深くなる瞬間もある。それは驚きの連続で、僕にとって創作の動機にもなっています」

私たちにできることは?

 番組を見た子どもたちの反響も、七尾を驚かせたことのひとつ。

「もし『みんなのうた』で放送されるとしたら、子どもをなめたような曲には絶対にしたくないと昔から思っていました。とはいえ、自死がきっかけの歌ですし、不安はありましたが、まだ2、3歳の子どもが、僕の曲になると食い入るように見ていたり、見ながら泣いていたりするという。それも“お母さん、悲しいね”って言ったりするんですって。何の説明もしていないのに。そんなことが起こる人間というもの、子どもたちの感じとる力に驚きました」

 作品に寄せて、番組ホームページで、七尾はこんな問いを投げかけている。

《誰かがひとりきりで不安に震えている時、どうにかして壁を乗り越え、ドアをノックして、その手を取ることが出来るでしょうか?》

 理不尽が雨のように降り、影が色濃く映るとき、光を見出すことは難しい。まして、年齢が若ければなおさら。

「たいしたことができなくても、誰かがちょっと、5分だけでも気にかけてくれたら、やっぱりうれしくて心に残りますよね。いくつもの悩みや不安に押しつぶされている本人より、その周囲にいる人たちが、肩の荷のうちのひとつでもいいから気付いてあげることが大事なんじゃないか。特効薬はないけれど、気付くだけでも違うんだと思います」


七尾旅人(ななお・たびと)◎シンガー・ソングライター。9・11をテーマにした3枚組アルバム『911FANTASIA』、メロディアスな『サーカスナイト』など、ジャンルを超えた多彩な作品を世に送り続けている。年内にニューアルバムを発売予定