診察を始めるとすぐに、彼女たちにははっきりした受診のきっかけがあることがわかる。彼女たちの多くは米国のカウンセラーであり自らもADHDだというサリ・ソルデンが書いた『片づけられない女たち』(WAVE出版〈2000年〉)というベストセラー本を読んでいた。「整理整頓が苦手な人はADDやADHDの可能性があるというこの本を読んだり、その内容を紹介するテレビ番組を見たりして「私もそうかも」と来院した、というのだ。

 同書は、従来は子どものみに見られ、かつ男性が大半を占めると考えられていたADHDに、実は「女性の成人型」が少なくない、とわかりやすく解説した本である。原書は1995年にアメリカで刊行されており、そのタイトルはシンプルに『Women with Attention Deficit Disorder』(直訳すると「ADDの女性たち」)なのだが、邦訳版が出るにあたって、中で取り上げられている「部屋の整理が苦手である」という特徴に焦点をあてた『片づけられない女たち』というタイトルがつけられた。これが日本でベストセラーになった大きな理由と考えられる。

 また、この本が売れていることなどを取り上げるテレビ番組の中には、同じ発達障害の中に「知的には問題はないが“空気”が読めず、ひとつのことにこだわりが強いこと」を特徴とする「アスペルガー症候群」というタイプもある、と紹介されていることが少なくないようだった。外来を受診した女性たちは、それらを目にして「自分のことではないか」と思い込み、診断を求めて来院したのだ。

 この「成人型のADHD」は診断ガイドラインが確立しているわけではないので、子ども時代の様子なども振り返ってもらいながら話を聴くと、学校時代はとくに問題もなかったどころか、あるいは優等生や生徒会長だったという人がほとんどだった。

 では、その「片づけられない」というのがどの程度なのかと尋ねても、「もう春なのにまだ冬物のコートが出しっぱなし」「家族で食事をした食器を翌日まで洗わない」など、さほど深刻ではないことがわかる。「書類をすぐに提出できずに溜まってしまう」といった仕事上の支障について語る人もいるが、それでも会社勤めを続けていたり、中には役職に就いていたりするところを見ると、「どちらかといえば苦手」という程度なのではないか。

 診察の範囲では、この人たちにはADD、ADHD、アスルペルガー症候群などと診断されるような発達の障害は感じられず、むしろ何ごとも完璧にしないと気がすまない、理想の自分でないと許せない、という完璧主義的な性格が問題であるように思われた。