『西垂水養蜂(にしたるみずようほう)園』の3代目栄太さんは、祖父と父から5歳で仕事を教わった「蜂屋の息子」。過疎化する町の学校の生徒が足りず、「町の子」になってほしいと町民に切望された彼は、親元を離れて山村留学していた経験もある。幼いころから培ってきた持ち前の責任感で、今年は闘病中の父とコロナ禍で移動を断念した祖父に代わり、指揮を任されたが……長雨の影響で花が咲かなかった北海道で初めての大きな試練にどう立ち向かったのか──。

親子3代が現役! 転地養蜂一家

 鹿児島ではれんげ草を、長崎ではハゼやミカン、秋田でアカシアの採蜜をすませたら、タンポポにアザミ、ソバの花を求めて北海道北部へ──。春から夏にかけて、ミツバチとともに約3600キロを旅するのは、西垂水養蜂園3代目の西垂水栄太さん(28)だ。

 養蜂業は大きく2つに分けられる。決まった場所に蜜箱を置く『定置養蜂』と、花の開花に合わせて南から北へ移動する『転地養蜂』だ。花にも旬があり、地域ごとに蜜源となる植物も異なる。また、繊細な女王バチが夏に卵を産むのは冷涼な気候の地のみ。

 うまいハチミツを採(と)るために地理的特性を生かした転地養蜂だが、業界を取り巻く状況は厳しい。高齢化や農村部の乱開発による蜜源の減少、輸送コストの高騰。輸送時にSAやフェリーでほかの利用客が蜂に過敏になっている問題もある。一説によると、従事者の数は全盛期に比べて10分の1ほど。

 そんななか、西垂水家は親子3代が現役という珍しい養蜂一家なのだ。

糖度が高いのが特徴でドロリと重いハチミツに 撮影/伊藤和幸

小学校にあがるまで、父と祖父が運転する大型トラック1台と2トン車1台で、母と僕と4人で各地を移動していました。両親が作業する間、おもちゃと一緒にテントに放り込まれていたのがいちばん古い記憶です。

 それ以前は箱に入れられて寝台に置かれていたらしいです。扱いが雑ですよねぇ。小さいころ、トラックの鍵をいじってオンにしてしまい、バッテリーがあがって大騒ぎになったことも」

 語尾を少し伸ばすやさしい語り口の栄太さん。物心ついたころから蜂が大好きで、祖父に連れられ山の作業場に行っては自ら触りにいくほど。