監督就任で固めた“黒子に徹する覚悟”

 信子さんの“男を育てる力”というのは、まさに感嘆もの。だからこそ、落合さんも信子さんのことが大好きなんでしょうね。旦那さんに大切にされている女性は、いくつになっても輝いている。反面、粗末に扱われている女性はどこかみすぼらしい。パートナーとの絆が強固だからこそ、肝も据わるのでしょう。

 落ち着いていて人情の機微あふれる落合さんだけど、実は大のヘビ嫌いなんですって。子どものころに大蛇が庭のニワトリを飲み込む姿を見てしまったらしく、以来、ヘビという言葉の響きさえ受け付けない─のに、信子さんは福嗣君が生まれた際に「福嗣のおむつ入れに」と、なんとパイソンの一枚革で大きなバッグをしつらえた。

 届いたバッグは見事なまでのヘビ革だったから、やっぱり落合さんが怖がってしまった。という理由で、私にその立派なバッグをプレゼントしてくれたの。今、私の自宅の居間に飾ってあるきれいな置き時計も、信子さんからいただいたもの。とてもきっぷがいい人よ。

 落合さんが、ドラゴンズの監督に就任すると、信子さんは表舞台に登場しなくなった。黒子に徹するという覚悟だったんだと思う。私は、彼女が身体を張って、選手時代から野球だけに専念できる環境をつくっていた姿を見ていたから、内助の功に徹する姿に、とても感銘を受けた。私も邪魔をしたくなかったから、以来、お会いできていない。

 野茂英雄さんが、「自分は“野球”が好きなんじゃなくて、“野球をするのが好き”だ」というすてきな発言をしていた。きっと落合さんも同じなんだと思う。再びユニフォームを着るということは、球団の上層部や玉石混交の関係者と、球場外でも関わることを意味する。さまざまな軋轢も生じるだろうから、信子さんは表に出ることを控えたのだと思う。

 いちファンとして、やっぱりもう一度落合さんの監督姿を見てみたい。そうなると、また信子さんと会うことができなくなるだろうから、その前に機会があるのなら、またお目にかかりたい。


ふじ・まなみ 静岡県生まれ。県立三島北高校卒。1956年NHKテレビドラマ『この瞳』で主演デビュー。1957年にはNHKの専属第1号に。俳優座付属養成所卒。俳人、作家としても知られ、句集をはじめ著書多数。

《構成/我妻弘崇》