女優・冨士眞奈美が語る、古今東西つれづれ話。今回は、大相撲秋場所を制した照ノ富士、そして引退を表明した横綱・白鵬について思いを口にする。

好角家・冨士眞奈美が語る相撲の新時代

 大相撲秋場所は、照ノ富士関が史上9人目となる新横綱優勝を成し遂げた。新横綱になってどれだけ成績が残せるのか──、期待と不安が入り交じるなか、私は毎日見ていたが、横綱らしい威風堂々とした強さに驚いた。三役が誰一人として二ケタの勝ち星を挙げられないのはちょっと情けないけど、照ノ富士関の風格は別格だったと思う。

 それにしても、よくここまで戻ってきたなぁと感心してしまう。ひざのサポーターが痛々しいため、横綱として傷だらけの印象もある。でも、裏を返せば、その姿こそが照ノ富士関のどん底からの復活を物語っている。糖尿病も患っていたから、ケガも治りづらかったと思う。

 彼がまだ前頭だったとき、“相撲専門家”の内館牧子さんとお話をする機会があった。「最近、どんな力士が贔屓か」という話になり、私は照ノ富士関の名前を挙げていた。見る目があったみたい。

冨士眞奈美

 今ではとても大きな存在。横綱としての強さも兼ね備えて、立派に舞い戻ってきた。横綱に求められる「心技体」でいうところの「心」に説得力がある。よく這い上がってきたなぁ。本当に、えらい人だ。

 秋場所後、さらに驚かされる出来事が起きた。白鵬関が引退を表明した──。史上最多となる45回の優勝を果たした大横綱。その強さは色あせるものではない。だけど……きっと多くの人が感じているだろう、「もったいない」という感覚

 20歳くらいのときの白鵬関は、若くてとてもカッコよかった。そのときは、あんなにもふてぶてしく、相撲が意地汚くなるなんて思わなかった。勝利に貪欲と言えば聞こえはいい。たしかに、勝つために全力を尽くす姿は素晴らしいと思う。でも、あれだけ立派な体格を持ちながら、変化やエルボーにしか見えないかちあげ、手段を選ばない張り手といった奇策の数々は、どうなんだろう。絶対的に強い横綱だからこそ、そんなことはしてほしくなかった。

 取り組みの中で、とっさにそういった行動が出てしまうのであれば仕方がないし、理解もできる。ところが、ここ数年はあらかじめ用意して戦う、その用意周到な感じがとても嫌だった。私の目には、必死という姿ではなく、意地汚い姿に映った

 強さもあったから“憎たらしい”と感じた人も多いはず。でも、同じく“憎たらしい”横綱だった朝青龍関には可愛げがあった。悪いことが“見え見え”だからよかったのかもしれない。それでいていさぎよく、強いときはとてつもなく強い。

 昔、テレビで朝青龍関が、裸馬に乗ってモンゴルの平原を駆けている姿を見たことがある。鞍がないのに難なく乗りこなすさまを見て、なんて足腰や下半身が強靭なんだろうと驚くとともに、子どものころから大平原を裸馬で駆け抜けているのだとしたら、モンゴル人力士が強くなるのも合点がいった。昔の日本にも自然との関わりが身近にあったから、昭和の力士たちには底力があったんだろうな、なんて思う。

 白鵬関は、万歳三唱や三本締めを観客に強いるなど、思い違いがもったいなかった。横綱に小芝居なんて必要ない。だけど、大横綱であることに変わりはないし、若貴ブームが去った後の相撲界を盛り上げてくれた大きな存在であることも間違いない。八百長や力士の不祥事が相次ぐ暗黒時代の中で、角界を牽引した功績も忘れてはいけない。その白鵬関が引退するということは、大相撲においてひとつの時代が終わることを意味すると思う。本当にお疲れさまでした。

 新時代を迎えるにあたり、どんな力士が活躍するのか。願わくば、ドキドキするような美しくて強いお相撲さんを見たい。男の中の男の出現を待ち望んでおります。

ふじ・まなみ 静岡県生まれ。県立三島北高校卒。1956年NHKテレビドラマ『この瞳』で主演デビュー。1957年にはNHKの専属第1号に。俳優座付属養成所卒。俳人、作家としても知られ、句集をはじめ著書多数。

(構成/我妻弘崇)