歌舞伎俳優の中村芝翫(56)が新型コロナウイルスに感染したことで、東京・歌舞伎座の「壽 初春大歌舞伎」千秋楽は、松本幸四郎(49)が代役を勤めた。

 歌舞伎界では、急病や諸事情のため誰かが急に代役を勤めることは珍しいことではなく、実にスムーズに対処されるが、オミクロン株の猛威にさらされている他のエンタメ業界では、“コロナ代役”探しに慌てふためいている昨今だ。

落語の世界「代演の条件」

「代役を頼めることの安心と不安、両方がエンタメ業界に関わっている者にはあるということ」

 そう説明するのは、音楽プロモーターである。

 テレビのバラエティー番組、テレビドラマ、映画、舞台などで代役を探す場合、作り手側が手配することが主である。舞台に関してはここ数年、Wキャストも増えているため、事なきを得ることが多い。 

 コロナ感染ではないが、三遊亭円楽(71)が脳梗塞で緊急入院したことを受け、予定されていた落語会の代役を春風亭小朝(66)が務めることが明らかになった。

「演芸の世界では代演と呼びますが、ごく当たり前です。寄席に行くと、毎日誰かが代演しているといっていいほど。それほどお客さんも納得していることです」

 と演芸関係者。ただし条件があるという。

「芸の上でも知名度でも、“自分より格上”ということがあります。そうすれば、お客さんも納得する。円楽さんクラスになればなるほど、格上芸人を探すのが大変になりますが、何とか見つけて穴埋めする。代演は芸人同士の互助システムですから、落語の世界では代演をお願いしたからといって、今後の仕事が取られてしまうような心配はない」

 あまり知られていないが、音楽業界でも代役が立てられることは結構多いという。

「何か月もかけた全国ツアーを行う場合、バックバンドのギタリストやキーボード奏者らがちょくちょく変わったりしていますよ」

 と前出・音楽プロモーター。次のように解説する。

「『トラやってくれない』と依頼をするんです。『トラ』というのは『エキストラ』の『トラ』。映画や舞台と違って、代役を自分で探すのが音楽業界のしきたりです。例えば、10日間のライブのオファーを受けたギタリストが、そのうちの1日だけがNGだとすると、依頼は一旦受けて、他のギタリストに1日だけ発注する。ギャラも、元受けのギタリストからという流れになります。

 その場合、自分と同程度のギタリストを探すわけですが、そのギタリストが他のメンバーといいグルーブ感が出せたりしてしまうと、将来的に代役がいつの間にかツアーメンバーに入っている、ということもあります。つまりピンチヒッターがレギュラーになっているという感じで、『トラに取られちゃったよ』とシャレにするミュージシャンもいます。それだけに、元受けのミュージシャンは不安を持つことになる。変わってもらえるという安心と、取られてしまうという不安はいつも背中合わせですよ

 歌舞伎や落語などの古典芸能の世界、オペラや演劇、宝塚、音楽業界、どんな世界でも唯一無二の才能がひしめき合っているが、唯一無二でありながらも代役は必ずいるという安全保障。出来上がったもののテイストやニュアンスは変わろうとも、ショー・マスト・ゴー・オン! それがエンタメ業界の宿命といえる。

〈取材・文/薮入うらら〉