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ー 人前で涙をこぼしたのは初めて

 2月4日に開幕した北京オリンピック。拡大するコロナ感染の影響で一時は開催も危ぶまれたが、フタを開けてみれば日本代表選手たちが繰り広げる熱戦で大いに盛り上がっている。そんなアスリートたちの舞台裏を取材してみると、意外な一面が見えてきてーー

 北京五輪の盛り上がりに水を差す形となったのが、スキージャンプのスーツ規定違反による失格続出。

「ジャンプ混合団体で103メートルの大ジャンプを見せた高梨沙羅選手が、検査で違反とされて失格。他国も4人が失格となる前代未聞の事態です。ドイツは判定に抗議しましたが、高梨選手はSNSで“謝罪文”を発表。自らの引退まで示唆しました」(スポーツ紙記者)

 失格を知って号泣する高梨選手の姿に、同情と怒りの声が湧き起こった。検査方法が急に変更されたことには、国際的に批判が高まっている。高梨が4歳から中学生まで通っていたバレエ教室の板谷敏枝さんは、不信感を隠さない。

「バレエだって、演技が終わってから“違反だよ”ってことはありえないですよ。寡黙で責任感がある子で、教室でも常に後輩の手本になり、私を手伝ってくれました。負けん気は強いけど、あんなに号泣したことは一度もありませんでした

 地元の北海道上川町で「高梨寛太と沙羅の応援団」を創設した中村正四さんは、高梨のために横断幕を作った。

「町内に飾ってあるのは141メートルを飛んだときに記念に作ったもので、14・1メートルの長さ。今回メダルを取ったら、また作ろうって、プリント工場を持っている沙羅ちゃんのお父さんにお願いしていたんですよ。結果は残念でしたが、堂々と地元に帰ってきてほしいですね」(中村さん)

 上川町に住む高梨の祖父母にも話を聞くことができた。

 オリンピックの前に高梨は祖母に会いに来たが、メダルの話はしなかったという。

「自分の努力ですから、メダルを取ってほしいとか言いません。“頑張って”とは言いましたが。いつもどおり、ソファに座って黙っていました。静かに過ごすのが好きな子で、小さいときからずっと同じです

 失格について聞くと、涙声になった。

人前で涙をこぼしたのは初めて

「あれはないですよ。ひどい。みんな同情してくれます。沙羅は気持ちが乱れていたんでしょうね。イジメられてもあの子は受けるだけで、やり返すことができないから。初めてなんじゃないですかね。人前で涙をこぼしたのは」

 幼いころから、穏やかで控えめな性格だった。

「努力はすごくするんですよ。でも、優勝しても自慢しない。ジャンプの順番待ちのときも、前にはいかずにいちばん後ろで待っている子ですから。でしゃばらないです」

 祖父は、孫が不当な扱いを受けたと感じている。

「最初のジャンプで103メートルも飛んでしまったのが悪かったのかな。五輪のお偉いさんの気に食わないことでもあったのかも。1回目のジャンプは90メートルくらいで抑えておくべきだったのではないでしょうか」

 冗談めかしているが、憤りは伝わってくる。今はただ、帰りが待ち遠しい。いつもクッキーを焼いてくれる、心優しい孫なのだ。

「帰ってきたら、いつもどおりに迎えたいです。この家では普通の孫で、競技の話はしません。ワールドカップで優勝しても、トロフィーを見たことがない。前回のオリンピックだけですよ。銅メダルを持ってきて、自分と妻の首にかけてくれました」

 4年後については本人次第だと、2人は口をそろえた。

次に出られる機会があったら、頑張ってほしい。やってくれるならば、金メダルを首にかけてくれるまで死ねないですね」(祖父)

 温かく見守り、応援する気持ちは国民も同じ。高梨は、再び力強く飛び立つだろう。