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ー 友達にお別れも言えずに転校
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ー 私の中の偏見 ー 加害者家族をタブーにしないこと

 連日発生する殺人事件。その加害者にも当然、家族がいる。もし、自分の親が殺人犯となったら。その子どもが辿る運命とはーー。これまで2000件以上の加害者家族を支援してきたNPO法人『World Open Heart』理事長・阿部恭子さんが、その現状を伝える。

友達にお別れも言えずに転校

 麻子(仮名・30代)は、平凡だが幸せな日々を送っていた。真面目で子煩悩な夫と、わんぱくな息子との3人の生活。麻子も働いており、多忙な日々ではあったが、不自由のない穏やかな日常がずっと続いていくと思っていた。

 ある日突然、警察から電話があり、夫に話を聞きたいという。近くで殺人事件が発生し、その地域では、この話題で持ちきりだった。犯人はまだ逮捕されておらず、警察は、近隣住民に聞き込みをしているらしい。殺人事件など自分たちには縁のない出来事で、警察署に向かう夫はすぐ戻ってくるだろうと不審には思わなかった。

 ところが、夫の任意の事情聴取は1日では終わらず、連日、朝から晩まで続いたのである。

 「大丈夫?」

 夫に尋ねると、「心配ない」というが、何らかの形で事件に関与しているのではという疑惑は日々深まっていた。

 数日後、警察署から戻ってきた夫は麻子に言った。

「申し訳ない。取り返しのつかないことをしてしまった……」

 夫は、捜査中の殺人事件の犯人だったのだ。
 
 麻子は夫に尋ねたいことが山ほどあったが、夫の逮捕と同時に自宅はマスコミに取り囲まれる。その前に避難しなければならず、すでにそのときは迫っていた。

 夫には借金があり、金銭トラブルから知人を殺害するに至ったと報道されていた。自宅も車もすべて手放さなければならなくなってしまった。

 麻子はなんとか転居先を見つけ、夜な夜な自宅から荷物を移動させた。麻子が自宅に出入りするとマスコミが騒ぐので、昼間は自宅に近づかないようにと近所の人々から厳しく言われていた。自分の家にもかかわらず、夜中に裏口から忍び込んで、まるで泥棒のようにこっそり荷物を運び出さなければならなかった。麻子は夫の逮捕によって、自分まで犯罪者になったような、惨めな気持ちになった。

 わんぱくだった小学校の息子は事件後、すっかりおとなしくなっていた。母親がうろたえている姿から、よからぬ事態が起きていることを悟っていたようで、ただ黙って母親の言うことを聞いていた。

 ところが、学校を転校しなければならないと話した途端、クラスメートに会えなくなると泣き出してしまった。

 麻子は息子の通っている小学校に電話をし、転校の意志を伝え、短い時間で構わないので息子からクラスメートにお別れを言わせてほしいと頼んだ。

 しかし、電話に出た教頭は、麻子に息子を二度と学校に来させないでほしいというのだ。事件後、一部の報道陣が通学路で、犯人の子どもと同じ年齢の小学生にインタビューをしていたことから、学校に苦情が寄せられているのだという。

 事件後、周囲の人々は手のひらを返したように麻子から離れていった。罪のない息子にだけは同情的に接してくれると期待していた人々にも、次々と裏切られてしまった。

 息子は、この土地を離れる前に、どうしても学校を見に行きたいという。麻子は、夜中であれば人目に付くことはないと考え、誰もいない真夜中の学校に息子を連れて行った。小雪が散らつく春の夜、外は気温が下がり、凍てつくような寒さだった。それでも息子は喜んで、小雪が舞う学校のグラウンドを駆け回った。

「みんなにさよなら言えたよ」

 息子の言葉に、麻子は涙が込み上げてきた。