私の中の偏見

 麻子が心配したのは、「人殺しの息子」といった情報が拡散されてしまうことだった。2人の人柄を知ることができれば、彼らに罪はないと判断する人の方が多いかもしれない。しかし、「殺人犯の家族」という情報が先行することによって、関わりを避けたいと思う人が出てくるからである。

 こうした殺人犯の家族への偏見を、筆者である私自身も過去に持っていたことがあった。

 30年程前、中学生の頃、私は慕っていた先生の手伝いとして、外国籍の子どもたちに日本語を教えるボランティアに参加したことがあった。子どもたちは複雑な家庭環境で育っており、学校に通うことが難しく、学習が不十分だった。そこにいたひとりの男の子が、私の向かいに座っている男の子、ケン(仮名・15歳)を指さして、

「あいつの父さん、人殺しなんだって」

 と耳元で囁いたのだ。

 私はあまりの衝撃に、彼と目線を合わせることができなくなってしまった。当時の私は殺人どころか、罪を犯した人と会った経験さえなく、いきなり同じ空間にいる子どもの親が「人殺し」だと告げられ、パニックになってしまったのだ。

 私はいたたまれなくなり、慕っている先生にすぐに相談した。

 すると先生は、「なぜ、彼が怖いの?」と私に尋ねた。

「お父さんが殺人犯っていうことは、もしかしてあの子も将来そうなるんじゃないかって……」

 私はあからさまに偏見を口にしてしまった。すると先生は「君も両親と同じようになる?」と聞くので、私は「なるかもしれないし、ならないかもしれない」と答えた。

「じゃあ、あの子もお父さんと同じようになるかもしれないけど、ならないかもしれないよね」

 私は先生の言葉にハッとした。彼が父親と同じ道を歩むかどうかは、私たちの「視線」にかかっているのではないかと思い始めたのだ。

 ケンの父親は外国人で、母親とその交際相手を殺害していた。父親といってもほとんど家にはおらず、ケンとはろくに話をしたことさえなかった。母親は、男性を家に連れてくることがあり、ケンに外で遊んで来るようにと小銭を渡すことがあった。

 その日も言われたとおり、時間まで暇をつぶして自宅に帰ると、家の前にはパトカーや救急車が止まっており、母親は病院で息を引き取った。ケンはこのとき11歳で、田舎の遠い親戚に預けられることになった。

 親戚の家には子どもが3人おり、余裕のある家ではなかった。ケンに与えられる食べ物は、他の子どもたちの半分。1日に2食だけで、給食のない日はいつもお腹をすかせていた。まるで使用人のように家の仕事を手伝わされ、耐えられなくなったケンは、13歳で家を飛び出し東京に戻ってきた。ケンの外見は日本人とは違い、背も高く大人びていた。年齢を偽って繁華街で働くなどして生き延びてきたのだ。

 ケンは私に、これからは真面目に働いて、自分の作る家族には苦労をさせたくないと熱心に話してくれた。私は差別をしたことを謝罪すると、「気にしなくていい」と笑顔で許してくれる優しい男の子だった。

加害者家族をタブーにしないこと

 欧米諸国では、子どもに「逮捕」や「刑務所」を説明するための絵本やカードが販売されており、アメリカの人形劇「セサミストリート」にも父親の収監に悩む子どもを友達が勇気づけるというストーリーが作られている。

 このように、犯罪者の家族という存在が社会にオープンであることが、凄惨な事件が発生した際の、周囲の過剰な反応を抑制することにつながるのだ。

 犯罪が少ない日本といえども、殺人犯の子どもたちは存在している。ときに、殺人犯の子どもにも厳しい目が向けられる社会で、不運にもそういった境遇に置かれることになった子どもたちの中には、息を潜めて暮らしている者もいる。彼らを加害者として遠ざけるのではなく、第二の被害者として地域で守っていく社会にしていきたい。

阿部恭子(あべ・きょうこ)
 NPO法人World Open Heart理事長。日本で初めて、犯罪加害者家族を対象とした支援組織を設立。全国の加害者家族からの相談に対応しながら講演や執筆活動を展開。著書『家族という呪い―加害者と暮らし続けるということ』(幻冬舎新書、2019)、『息子が人を殺しました―加害者家族の真実』(幻冬舎新書、2017)、家族間殺人(幻冬舎新書、2021)など。