目次
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ー 日常のすべてが「芝居に役立つ」
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ー 自宅で行う“フレッシュ”な趣味

「私が役者を始めて間もないころにお世話になった親鳥みたいな方です。いつかまた一緒にできるように仕事を頑張ろうと思う気持ちがずっと私の中に流れていました。でも、まさか主役とは思っていなかったので最初はびっくりして、おそれ多かったです」

 こう語るのは板谷由夏。“親鳥みたいな方”とは高橋伴明監督。監督の最新作『夜明けまでバス停で』(10月8日公開)で17年ぶりの主演作に挑んだ。高橋監督と組むのは『光の雨』(2001年公開)以来になる。

日常のすべてが「芝居に役立つ」

「監督から起用理由とか何も言われていないです。“板谷~、やるぞー”“台本、読んだかー”ぐらい。周囲から“板谷さんとやれることに監督がすごく喜んでいましたよ”と聞いたときには“ヨッシャー!”ってなりました」

 現場では監督の声が心地よかったという。

「緊張感も励ましも作品への思いもすべて監督の“よーい、スタート”“カット”の声に凝縮されていて、その声がたまらなく気持ちよかったです」

 作品は、2年前に路上生活者とみられる女性がバス停のベンチに腰かけているところを男性に殴打されて死亡した事件をモチーフにしている。

 板谷演じる三知子は、焼き鳥店で住み込みのアルバイトとして働いていたが、コロナ禍を理由に解雇され仕事と家を同時に失ってしまう。途方に暮れる三知子がたどり着いたのはバス停だった……。

「台本を読んでいるので主人公がどうなるかわかっていても(演じていて)三知子のような状況に置かれると歯向かって戦う、(生活を)軌道修正するエネルギーは湧いてこないと思いました。自分の人生に起きた事柄をただ受け入れるしかなくて、どう立ち上がればいいのかもわからないうちに窮地に追い込まれていった人は多いと思います」

『欲望』以来17年ぶりの主演映画については、

「そんなにたちますか(笑)。今回は、伴明さんと仕事ができることがうれしくてそれにつきます。『光の雨』は強烈でした。ピリッとした空気感がありつつ映画の現場って気持ちいい、楽しい。こういう現場にずっといたいと思いました」

 女優デビューから23年。キャリアウーマンから下町の働き者のシングルマザーなど幅広い役柄を演じている。

「20代のときは何度か挫折しました。でも女優をやめたいと思ったことはないかな。
結婚して子どもができてから、芝居に取り組む姿勢が変わりました。独身のときは自分だけの時間、芝居のことだけを考えていればよかったけど、家庭生活や子育てはそれが分散される。

 でもわずかな隙間を縫って糸みたいな集中力を保って芝居に向かうほうが自分には向いていると気づきました。母をやっていても妻をやっていても子どもの送り迎えでさえも全部が芝居に役立つと思えます。きちんとした日常生活が仕事にもつながっていく。独身のときよりもクオリティーの高い集中ができるようになりました」