家庭の味とクセの強い家族ネタ
話題はおふたりが育った“家庭の味”の話へ。
燃:僕はもう本当にザ・中流家庭育ちです。父はエレベーター会社の営業で、母は母方の祖父がやっていたスーパーでずっとパートをしていて。
阿:鍵っ子だったのね。本にあったけど、子どものころ、妹さんに夕ごはん作ってあげていたとか。
燃:そうです。だいたい缶詰のパスタソースをかけたものとかラーメンとか。そのときは必死に作ってました。小学校から中学校くらいかな。母が帰ってくるのが夜の9時とかだったんで。
阿:子どもにとっては遅い時間よね。
燃:きょうだいでテレビを見ながら食べて、両親が帰ってくるのを待ってるみたいな。父は遅くまで働いて、終電で帰ってくるような人でした。
阿:お父さんが作ったチャーハンの話があったけど、面白かった。
燃:油が多すぎてベチャベチャで。でも妹と僕はおいしかった、って言って。一生懸命作ってくれたから、なんかすっごい覚えてるんですよね。
阿:ウチの父は決して美食家ではないんですけど、食い意地が張ってるんですよね。車を運転していて、通りかかったところに蕎麦屋があって、「うまいかな?」とか言って寄ろうとするんですよ。でもどうせおいしくないって文句を言うに決まってるからやめようと言うんだけど、結局寄って「まずい!」と怒る。
燃:ははは(笑)。
阿:私が“エンゲル係数”という言葉を覚えたのは小学校3年生のときで、父は着るものはどうでもいいけど、おいしいものを食べたいという人だったんです。でも印税が入ってこないとお金がないから、父から「いいか、おまえら明日からもやしと鶏肉だ」って言われて。いったいウチはお金持ちなのか貧乏なのか、よくわからないんだけど、食べ物がバロメーターになっていたようなところがあったんですよ。
そういう意味では私も食べることに関心が高いのは確かだなと思うし、晩ごはんを食べながら「明日の晩ごはん何食べようか」と旦那に聞いてしまうんです。そうすると「今お腹いっぱいで考えられない」って言われるんだけど……だからやっぱり食い意地が張ってるんでしょうね。
燃:僕は父方のおばあちゃんが沼津で一杯飲み屋をやっていて、子どものころ、その店へ行って、カウンターの下に潜り込んでお客さんとの会話を聞いてるのが好きだったんです。たばこの煙と臭いがすごくて、目が痛くなるくらいだったんですけど。
阿:孫は見ていた、みたいな。
燃:ばあちゃんが三ツ矢サイダーを下に置いてくれて。それを飲みながら、聞いてたんです。常連客の国鉄職員に口説かれたりとかしてて。
阿:おばあちゃんといっても、当時40、50代? そりゃモテるでしょう。
燃:着物に割烹着を着てやってましたね。夕方くらいになると化粧するんですけど、それを横で見てるのが好きで。
阿:だんだんおばあちゃんじゃなくなっていく感じね?
燃:そうなんです。それで熱燗作ったり、沼津なんで干物とか、しらすと大根おろしにちょっとしょうゆをたらしたりする料理なんかを出してました。それがすごくおいしかったんですよ。阿川さんの本にも酒の肴の話がいっぱいありましたよね。
阿:そうそう、私も酒のつまみが好きな子どもだった。でもね私、白いご飯が好きだったんですよ。頂き物のイクラとかこのわたとかを白いご飯にのせると、どれほど幸せな気持ちになるか! 洋菓子とかでもウイスキーボンボンとかサバランが好きだったなぁ。
燃:阿川さんの本に、ご飯の上に紅生姜をのせてちょっとおしょうゆをたらすというのがありましたけど、僕、調味料が大好きなんですよ。
阿:燃え殻さんも本に書いてましたね、味変させるのが好きって。そこは共通しているところでしょうね。私は加工癖があって、レシピを自分なりに変えたり、お店で「お待たせしました」と出てきたチャーハンにすぐに豆板醤とか酢をかけて加工しようとするから家族に怒られて。
燃:最初からですか(笑)。僕はちょっとずつ変えるのが好きですね。調味料を変えたり、少しずつレモン搾ったりとか。
阿:まあお互いね、料理人に失礼同士ということで(笑)。