昼も夜も1日に何度も、轟音をうならせながら超低空を飛ぶ米軍機が

抗議集会には1600人が集まった
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 工事強行の前日、各地から1600人が駆けつけた緊急抗議集会でも、耳を傾けることはなかった。

「普通に暮らしたいだけなんです」

 高江住民の安次嶺雪音(あしみねゆきね)さん(45)はそう訴える。

 集会の間、頭上でオスプレイらしきヘリが巡回していた。沖縄防衛局の測定データによれば、N4地区で6月の夜間(午後7時~翌午前7時)に確認された騒音発生回数は383回。地下鉄の構内と同等の100デシベル近くまでに達していたとの指摘もある。

「6月に入り、オスプレイが飛ぶ回数がグンと増えました。昼も夜も、1日に何度も来る。騒音もひどいけれど、身体にビリビリと響く低周波が気持ち悪い。墜落の怖さもある。今は子どもたちを連れて(東村と隣接する)国頭村へ避難していますが、このままでは転校も考えなければ……」

 轟音をうならせながら超低空を飛ぶ米軍機は、沖縄では珍しくない光景だが、

「こんなの、許されるの!? って昔は驚きました」

 そう話す伊佐育子さん(55)は京都出身だ。結婚を機に沖縄へ。高江の自然に惹かれて、ここで息子を育て上げたが、子どもたちを育んだ豊かな森は戦場へとつながっていた。

「ベトナム戦争のときには、北部訓練場で、ジャングルでの戦闘のために出撃前の最後の訓練をして、ここから多くの米兵が飛び立っていったんです。高江の住民をベトナム人に見立て、殺戮の訓練が行われていた場所でもある。今も地上戦闘部隊などの訓練が行われています」(伊佐さん)

 ヘリパッド建設に際し、住民への説明は十分になされていない。なぜ新たに作る必要があるのか? 飛行ルートは? 飛ぶ時間帯は? 安全と生活に関わる重要な質問に対し、沖縄防衛局の回答は「米軍の訓練内容については、いっさいわからない」だった。

 高江地区では'99年と'06年に、住民総会で2度の移設反対決議を出している。それでも国は「(東村)村長は容認している」として工事に着手した。子どもが生まれたばかりの住民もいるのに……。

なにがなんでも…という国のやり方は戦前の軍国のよう

高江で暮らす『ヘリパッドいらない住民の会』の伊佐育子さん

安心して暮らしたい。自然を壊して作る“戦争の準備をする場所”ではなく、やんばるの森をそのまま子どもたちに残したい。伊佐さんら母親たちは立ち上がり、『「ヘリパッドいらない」住民の会』を結成する。'07年のことだ。

「座り込みといっても、最初は何をどうすればいいかわからない。辺野古の人たちに教わりながらやっていました。最近は、県外からの応援も多くてありがたい。大阪でしょう、千葉でしょう……」

 そう言うと伝票の束を見せてくれた。全国から支援物資が続々と届く。

 10年にわたる闘いの間には、前代未聞の裁判もあった。国は住民15人を相手取り「通行妨害禁止」を求めて訴えたのだ。被告には8歳の子どもまで含まれ、証拠としてあげた写真には別人が写っているというずさんぶり、乱暴さだった。

「ここまでやるのかと思いましたね。なにがなんでもヘリパッドを作ろうとする国のやり方は、戦前の軍国のようで、恐ろしいです。でも、6つ作る計画だったヘリパッドがまだ2つしかできていないのは、住民の粘り強い反対があったから。私たちは、あきらめるわけにはいかないんです」