最期まで「わが家で」

 右わき腹の痛みは幸い速やかに緩和されたものの、やがてくり返す発熱と喀痰があなたを苛みはじめ、ステロイドや在宅酸素療法を導入しても呼吸困難はあまり緩和されず、息苦しさにあえぎながら過ごす日々が続きました。

 その一方では、体の表面からもそれとわかるほどに、右わき腹の腫瘤、つまり生育しつづけた胃がんの塊が大きくなっていました。そのときはさすがのあなたからも「入院させてくれ!」と嘆願されたほどでしたから、どんなに辛かったことでしょうか。

 それでもあなたは結局、入院を選択せず、あえて最期までわが家にいる決心をかえませんでした。

にぎやかなお別れ

 私たちの精一杯の緩和医療の取り組みの中、やがて意識が混濁しはじめて数日のちの夜、11時過ぎに、娘さんやお孫さんたちが見守る中で静かにあなたは“そのとき”を迎えました。そしてなんとその瞬間、生前あれほど若々しかった風貌は、年相応の老人の顔貌にすっかりかわっていました。

 それから小一時間ほど、娘さんと看護師さんたちはたいそうにぎやかに、あなたが好んだであろう数々のおしゃれ着の中からベストチョイスを着付けようと盛り上がっていました。やがて着がえが完成し、そこにはかつてのお洒落なあなたが再現したのです。

 そして、そんなあなたが横たわる頭越しに見る先の壁に飾られているのは、すっかりセピア色になった写真1枚。おそらくはこの部屋で写されたであろう、裸電球の逆光照明に映る若かりしころのあなたと奥様のツーショット。

 かつての日活映画の俳優のような面立ちのあなたの優しく凛々しい笑顔が、左わきに寄り添う奥様と仲睦まじくモノクロームに輝き、そして、そこからふと、もとに目を転じれば、そこには見事に年老いてお役目を終えたあなたの穏やかな、81歳のお顔が重なるのでした。

看取り医のひとりごと
 
容貌ばかりでなく、男らしく無口で我慢強かったあなた。かれこれ1年もの長期間、1日のほとんどをひとりで、それも点滴につながれながらご自宅での療養を見事に成し遂げましたね。深刻な病状を説明されぬままに幾多の悪化と進行の中で、シッカリとご自分の最期を最愛の奥様の遺影の前で過ごされ、そして、最後までイケメンのままで奥様のもとに旅立ったあなたへ贈る言葉は、お悔やみであるよりも、祝福であるべきかもしれません。
 奥様によろしくーー。

*1 レスパイト入院/在宅療養の介護者負担が大きくなるとき、介護者の元気付けや気分転換のために行う短期間の入院。患者は一時的にせよ、入院を強いられることになるが、在宅ではできない諸検査や治療を行う意味もあって有用。

*2 ドライアップ/終末期となって、与えられる水分や栄養を使えない状態となった際に行う栄養や水分の制限。その結果、長く生きることはできなくても、自然に苦痛なく最期を迎えられると考えられる。

*3 傾聴/苦悩を持つ方の言葉に心を込めて耳を傾け、相手を理解しようとする技法。このことにより、患者は自分の心の中にストレスをためずにすみ、気が鎮まる効能がある。


千場純(ちば・じゅん)◎社会福祉法人心の会 三輪医院院長。2025年問題を見据えて、在宅死率全国1位の神奈川県横須賀市で「在宅看取り」の普及に取り組む。地域住民と多職種が自由に集まる、くらしのリエゾンステーション「しろいにじの家」を開設。多くのイベントを通じて、住み慣れた家で安らかに最期を迎える「看取りの形」を考える。