社会・事件
2021/3/11

《東日本大震災》10年前の被災地ルポ、記者が見て・聞いて・感じた「3月12日からの3日間」

災害東日本大震災被災地地震
週刊女性PRIME
[写真 1/70枚目] 約1800世帯が壊滅した福島県南相馬市。防波堤が決壊した小高町は集落がまるごとなくなっていた(2011年3月12日)
[写真 2/70枚目] 地震直後に渦巻きが発生した茨城県の大洗港は、何隻もの船がひっくり返り、壮絶さを物語る(2011年3月12日)
[写真 3/70枚目] 福島県双葉町を南北に走る常盤線の線路がグニャリと曲がり、記者が進む国道に崩れ落ちていた(2011年3月12日)
[写真 4/70枚目] 福島県南相馬市、地元の消防士は「まだ遺体が残ってるけど、探し出すのは簡単じゃない」(2011年3月12日)
[写真 5/70枚目] 若い夫婦と2人の子どもが笑顔で写った年賀状の送り主は静岡県、あて先は小高町だった(福島県相馬市、2011年3月12日)
[写真 6/70枚目] 波に飲まれて、町がそっくりそのままなくなってしまった(2011年3月12日)
[写真 7/70枚目] 仙台市のスーパーには食料や飲み物などを求める客が長蛇の列を作っていた(2011年3月13日)
[写真 8/70枚目] 避難所に入れない愛犬と一緒にいた男性は、自宅が津波で流され、着ている服も借りものだと話してくれた(2011年3月13日)
[写真 9/70枚目] 仙台市若林区荒浜、卒業アルバムらしきページが風にはためいていた(2011年3月13日)
[写真 10/70枚目] 避難所となっていた七郷小学校に電気がついた瞬間。そのとき、歓声と拍手が湧き上がった(2011年3月13日)
[写真 11/70枚目] 13日の夜、避難所で配られたのはおにぎり1つ、ヤクルト1つ、ひと家族で漬物1袋(仙台市の避難所、2011年3月13日)
[写真 12/70枚目] 仙台市宮城野区(2011年3月14日)
[写真 13/70枚目] 津波警報でサイレンが鳴り響く中、中野栄小学校の屋上に避難する人たち。非常用階段にまで人があふれていた(2011年3月14日)
[写真 14/70枚目] 仙台市の弁当店には行列が。わずかみそ汁1杯のために3時間待ち(2011年3月14日)
[写真 15/70枚目] 奥の車には×印が。これは遺体が発見されたことを意味し、あちこちの車や家に×印がつけられていた(陸前高田市、2011年3月29日〜4月1日)
[写真 16/70枚目] 木には布団が引っかかっていて…(陸前高田市、2011年3月29日〜4月1日)
[写真 17/70枚目] 現場では、魚臭さのほか、プロパンガスなどのガス漏れの匂いもした、と当時の記者(陸前高田市、2011年3月29日〜4月1日)
[写真 18/70枚目] 避難所の掲示板は行方不明になった家族や知人の安否を問うメモがぎっしり(陸前高田市、2011年3月29日〜4月1日))
[写真 19/70枚目] 被災地で出会ったとある姉妹。この日は、初めて重機を使って行方不明となっていた高齢の母親の捜索が行われた(このあと、遺体が見つかった)(陸前高田市、2011年3月29日〜4月1日)
[写真 20/70枚目] 母親の遺体が発見され、それを見守る家族たち(陸前高田市、2011年3月29日〜4月1日)
[写真 21/70枚目] 陸前高田市の竹駒駅もこんな姿に(2011年3月29日〜4月1日)
[写真 22/70枚目] 自衛隊の姿も(陸前高田市、2011年3月29日〜4月1日)
[写真 23/70枚目] 工場だろうか、ボロボロになった建物を見つめる住民(陸前高田市、2011年3月29日〜4月1日)
[写真 24/70枚目] 板に道案内が手書きでされていた(陸前高田市、2011年3月29日〜4月1日)
[写真 25/70枚目] 避難所には、高橋尚子から運動靴が届けられた(陸前高田市、2011年3月29日〜4月1日)
[写真 26/70枚目] 電信柱に布や木くずが引っかかっている(陸前高田市、2011年3月29日〜4月1日)
[写真 27/70枚目] 自分の家があった場所を訪ねる住民の姿がちらほら(陸前高田市、2011年3月29日〜4月1日)
[写真 28/70枚目] 神奈川県警察による行方不明者の捜索(陸前高田市、2011年3月29日〜4月1日))
[写真 29/70枚目] 震災後はドロドロだった土も、次第に固まっていく。重機がないと、片付けられなくなっていった(陸前高田市、2011年3月29日〜4月1日)
[写真 30/70枚目] 陸前高田市(2011年3月29日〜4月1日)
[写真 31/70枚目] 臨時の市役所では、骨壷が配布されていた(陸前高田市、2011年3月29日〜4月1日)
[写真 32/70枚目] 奥に見えるのは、幼稚園。吹き抜け状態になってしまった(陸前高田市、2011年3月29日〜4月1日)
[写真 33/70枚目] 避難所の掲示板は行方不明になった家族や知人の安否を問うメモがぎっしり(陸前高田市、2011年3月29日〜4月1日))
[写真 34/70枚目] ここで出会った親子は、流された思い出の品を探しに来たと話していた(陸前高田市、2011年3月29日〜4月1日)
[写真 35/70枚目] 陸前高田市(2011年3月29日〜4月1日)
[写真 36/70枚目] 陸前高田市役所の仮庁舎(2011年3月29日〜4月1日)
[写真 37/70枚目] 思い出の品を探しにきたという住人たち(陸前高田市、2011年3月29日〜4月1日)
[写真 38/70枚目] 行方不明者の捜索を行う警察たち。各地から、多くの警察が訪れていた(陸前高田市、2011年3月29日〜4月1日)
[写真 39/70枚目] 後ろの山を見ると、麓まで津波が来ていたことがわかる(陸前高田市、2011年3月29日〜4月1日)
[写真 40/70枚目] 身長よりも高く、積み上げられた瓦礫の山(陸前高田市、2011年3月29日〜4月1日)
[写真 41/70枚目] 地震発生から2週間以上経ってもなお、あちこちに写真が散らばっていた(陸前高田市、2011年3月29日〜4月1日)
[写真 42/70枚目] 遺体を捜索する警察(陸前高田市、2011年3月29日〜4月1日)
[写真 43/70枚目] ブルドーザーは真っ逆さまに。津波の凄まじさを物語っている(陸前高田市、2011年3月29日〜4月1日)
[写真 44/70枚目] ここに自宅があったのだろうか、安否を知らせる看板(陸前高田市、2011年3月29日〜4月1日)
[写真 45/70枚目] 宮城県仙台市(2011年3月13日)
[写真 46/70枚目] 宮城県仙台市(2011年3月13日)
[写真 47/70枚目] 津波の被害がなくとも、半壊、全壊した家も多く、カメラマン曰く「とことんやられてる状態だった」(2011年3月12日)
[写真 48/70枚目] 壊滅した南相馬市の跡地に埋もれたアルバムの切れ端が、そこに生活があったことを物語っていた(2011年3月12日)
[写真 49/70枚目] 震災の翌日、まだ救援などは来ておらず、地元の人たちが重機を使って自主的に動いていた(2011年3月12日)
[写真 50/70枚目] 仙台市の避難所で助け合う人たち(2011年3月13日)
[写真 51/70枚目] 仙台市若林区の避難所で、泣き止まない女性に日本赤十字のスタッフがずっと寄り添い心のケアを(2011年3月13日)
[写真 52/70枚目] 海の底から巻き上げたかのような「汚泥」の独特なニオイが漂っていた(福島県相馬市、2011年3月12日)
[写真 53/70枚目] 南相馬市からさらに北上していった取材班、ここに家があったことを伝えられないくらい「何もない」(2011年3月12日)
[写真 54/70枚目] 破壊した車があちこちに(福島県南相馬市、2011年3月12日)
[写真 55/70枚目] 投げ出された炊飯器(2011年3月12日)
[写真 56/70枚目] 水田のように見えるが、ここにも家があった(2011年3月12日)
[写真 57/70枚目] 炊き出しには行列が。地震発生から50時間以上経っていたが、電気は通っておらず、あたりは真っ暗(仙台市の避難所、2011年3月13日)
[写真 58/70枚目] ここにあったのか、流れてきたのか、三輪車が残っていた(2011年3月12日)
[写真 59/70枚目] これまで数々の被災地を取材してきたカメラマンも「他の震災とは全然違う、どこを撮ろうにしても何もない」(2011年3月12日)
[写真 60/70枚目] 流木などが絡まる車、ここまで水がやってきたことがわかる(2011年3月12日)
[写真 61/70枚目] 宮城県に入る手前、道には亀裂が。ヘタしたらタイヤがはまってしまうほどの幅の亀裂だった(2011年3月12日)
[写真 62/70枚目] 仙台市のコンビニにも長蛇の列、店内には5分以内の買い物を呼びかける声が響いた(2011年3月13日)
[写真 63/70枚目] 奥に見えるのは「向こう岸」ではなく「防波堤」。防波堤から手前には、2日前までは人々が暮らしていた(福島県相馬市、2011年3月12日)
[写真 64/70枚目] 泥は粘着質で、一度ついた泥はなかなか落とせない(2011年3月12日)
[写真 65/70枚目] この家は津波の被害には遭ってないというが、めちゃめちゃに(2011年3月12日)
[写真 66/70枚目] 車販売店の車も全部、流されていた(2011年3月12日)
[写真 67/70枚目] 陸前高田市の学校の窓から見える、瓦礫の山('11年4月) 撮影/週刊女性写真班
[写真 68/70枚目] 地震から1か月後、被災地ではこいのぼりが力強く風にはためいていた('11年4月)撮影/週刊女性写真班
[写真 69/70枚目] 「奇跡の一本松」(陸前高田市、2011年3月29日〜4月1日))
[写真 70/70枚目] 東日本大震災での避難所 撮影/週刊女性写真班
この写真の記事へ戻る

Photo Ranking