しかし、真一は妻帯者である。

 終電間際になると、そわそわして落ち着かなくなる。そう、帰りの支度をして、家族が待つ家に帰るためだ。

「彼が家に帰っちゃうのは、寂しいよ。だからいつも『ふーん、知らない』ってブスっとした顔するけど、それは彼が帰りたいから帰って行くんだよね。それを止めるつもりはないの。かといって、うちだと狭すぎて、ずっと居ても困るしね。今はそう思ってる

「愛のない生活」からの出口を探していた二人

 真一には、妻と2人の子供がいる。しかし、真一にとって結婚は妥協の産物だった。彼は幼馴染みの女性との大恋愛の末、破局を迎えた出来事がトラウマになっており、最初から恋愛結婚を諦めていたからだ。

 たまたま友人を介して知り合った妻は、露骨に年収などの安定度を値踏みして接近してきたという。そこには恋愛というステップは皆無だった。彼には、「家族の収入源」と「子供たちの良き父」という2つの役割だけが求められ、2人目の子供を妊娠して以降は、夜の生活すらぱったり途絶えてしまった。

 だが、セックスレスは問題の本質ではなかった。「愛のない生活」に心底嫌気が差し、出口を探していたという1点において、由美子と真一は旧友と再会したかのような親近感を覚え、愛のある生活を育もうとしたというのが真実に近いかもしれない。

 真一は妻との関係は冷え切ってはいるというものの、面倒見のいい父親として子供たちからは慕われている。だから、由美子との逢瀬でどんなに遅くなっても、毎日家には帰る。その生活を崩す気はない。

彼の奥さんとは会ったこともないけど、私には奥さんの立場がすごく分かるの。彼の後ろ姿を見送りながら、もうひとりの私が(彼の奥さんに変身して)家で彼を待っているみたいに。こういうことを友人に話すと、“因果だね”って言うんだけど、別にこうなることを自分で選んだわけじゃない。気づいたらそうなってただけ」

 由美子は、静かにそうつぶやいた。そして一転して彼女は、自ら「地獄の結婚生活」と呼ぶ、恐るべき過去について少しずつ話し始めたのだった。

(後編に続く)

*後編は1月21日に公開します。


<筆者プロフィール>
菅野久美子(かんの・くみこ)
1982年、宮崎県生まれ。ノンフィクション・ライター。
最新刊は、『孤独死大国 予備軍1000万人時代のリアル』(双葉社)。著書に『大島てるが案内人 事故物件めぐりをしてきました』(彩図社)などがある。孤独死や特殊清掃の生々しい現場にスポットを当てた、『中年の孤独死が止まらない!』などの記事を『週刊SPA!』『週刊実話ザ・タブー』等、多数の媒体で執筆中。