ドイツには24時間営業のコンビニエンスストアや、夜中まで開いているスーパーマーケットはない。独自の開店時間を定めている州もある。例えばベルリンでは、1年に8回だけ日曜日に店を開けることが許されている。また、日曜日の朝に市民が焼きたてのパンを買えるように、特別に店を開けるパン屋も増えているが、これは例外である。

 閉店法がドイツで初めて制定されたのは、1900年。ナチスの時代にも存在した。1956年の法律改正によって、平日の営業時間は7時から18時半まで、土曜日には14時までと定められた。私がドイツで暮らし始めた1990年にはこの規定がまだ生きていたので、土曜日に寝坊すると食料品やトイレットペーパーなどの生活必需品を買いそびれる危険があった。

 私は、1980年に研修生としてドイツ銀行で3カ月間働くために初めてこの国を訪れた。当時は東西冷戦の最中だったので、旅客機はシベリア上空を飛ぶことができず、私が乗った南回りのシンガポール航空機は鈍行列車のように20時間かけてドイツに着いた。飛行機は給油のために頻繁に着陸しなくてはならず、今日の約2倍の飛行時間がかかった。途中飛行機が降りた空港はシンガポール、バーレーン、ローマ……まさに各駅停車だ。

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 くたくたになって学生寮に転がり込んだのは、金曜日の夕刻。生まれて初めて時差ボケを経験した私は、泥のように眠りこけた。目が覚めたのは土曜日の午後で、すでにあらゆる商店がシャッターを下ろしていた。大学3年生だった私は、ドイツで土曜日の午後2時から月曜日の朝まで店が閉まることを知らなかったのだ。

 このため、私は週末に食べ物を買うことができず、ドイツで初めての夕食は日曜日で、駅の売店でのソーセージとパン、脂っこいフライドポテトの立ち食いだった。

 平日にも会社員が仕事の後に買い物をする時間はほとんどない。開店時間の違いは、「日本から遠い世界にやってきた」という感慨をもたらした。当時のドイツの客たちは本当に虐げられていたのだ。

2003年にやっと閉店時間が延長

だが、2003年の法改正によって、ようやく平日、土曜日ともに閉店時間が20時まで延長されたので、市民はそれまでのように時間に追われて買い物をする必要はなくなった。会社で18時まで仕事をしても、買い物ができるようになったのだ。

それでも、コンビニエンスストアに慣れた日本人は、ドイツの営業時間規制を窮屈に感じることだろう。日本人の目には、こんな法律があること自体が余計なお世話だと感じるに違いない。


熊谷 徹(くまがい とおる)◎在独ジャーナリスト 1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。1990年からはフリージャーナリストとしてドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題、エネルギー・環境問題を中心に取材、執筆を続けている。著書に『ドイツの憂鬱』『新生ドイツの挑戦』(ともに丸善ライブラリー)、『あっぱれ技術大国ドイツ』『ドイツ病に学べ』『住まなきゃわからないドイツ』『顔のない男 東ドイツ最強スパイの栄光と挫折』(すべて新潮社)、『なぜメルケルは『転向』したのか ドイツ原子力四〇年戦争の真実』『ドイツ中興の祖 ゲアハルト・シュレーダー』(ともに日経BP社)、『偽りの帝国 フォルクスワーゲン排ガス不正の闇』(文藝春秋)、『日本の製造業はIoT先進国ドイツに学べ』(洋泉社)、『5時に帰るドイツ人、5時から頑張る日本人』(SB新書)など多数。『ドイツは過去とどう向き合ってきたか』(高文研)で2007年平和・協同ジャーナリスト基金賞奨励賞受賞。ホームページ:http: //www.tkumagai.de