地域と疎遠になったきっかけ

 8月10日、市の職員から相談を受けた警察官が自宅に行ったところ、別々の部屋で横たわる2人の遺体を発見。死後、数週間が経過していた。

現場となった自宅。家の前にある田んぼも手つかずのまま荒れていた
現場となった自宅。家の前にある田んぼも手つかずのまま荒れていた
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 7月末には衰弱ないし、亡くなっていた可能性もあるのだが、“元気だ”とウソをついて担当者を追い返していた。

「父子の3人暮らしだと把握していたので、もう1人から事情を聞こうとしていたら、8月17日午後11時10分、北杜市内で軽トラに乗った三井容疑者を発見しました。7日には自宅を出て、軽トラの中で車上生活をしていたそうです」(前出・捜査関係者)

 あたりは、南アルプスや八ヶ岳が望める田園地帯の一角で、山間ののどかな集落を形成している。その土地で父子3人が肩を寄せ合い暮らしている姿が、取材の過程で浮かび上がってきた。

「父親は腕のいい屋根職人だったが、茅葺屋根の家もなくなって辞め、次男と農業をしていた。長男は少しコミュニケーションの障がいがあって、仕事はしていなかった」

 と近隣住民。口々に「近所付き合いをしない家」という評判が聞こえてきたが、以前は違っていたという。冒頭の80代女性が、一家が地域と疎遠になったきっかけを話す。

「昔はあの家族もみんなとお茶を飲んだりお付き合いをしていたんですが、お母さんが亡くなってから、お父さんは近所付き合いをやめちゃって。

 お母さんは10年くらい前に亡くなりました。農作業中に“頭が痛い”って帰って寝ていた。公彦さんが仕事から帰り、夕飯を作って声をかけたら布団の中で亡くなっていたそうです」

 一家を知る男性は、

「お母さんが家族の中心にいたから公彦はとても悲しんでいたと思う。母親が亡くなり、公彦が家のことをやっていた。農作業も地域の役員もやっていた。それに父親の介護も、兄の面倒も……。助けを求められる人はいなかったね。

 公彦は、以前勤めていた介護施設で抱えていた患者さんを転ばせてしまい、クビになったことがあるんだけど、そのショックに母親の死が重なって……。今度のことも1度に2人、つらかったと思うよ」

 葬祭をなすべき容疑者は、集落から逃げ出すという愚挙を犯した。その行動動機を、東京未来大学子ども心理学部長の出口保行教授に聞いた。

「何かをしようという生活エネルギーが非常に乏しい家。容疑者もなんとなく生きている感じだったかもしれません。そういう人に通報はめんどくさかったんですよ。遺体を隠蔽するでもなく、逃げるエネルギーもなく、ただ車上生活をしていた。“いずれ2人の死はわかるだろうな”と思っていたと考えられます」

 逃げた理由を「(心配して)家にまた誰か来るのかと思った」と供述していることからも、面倒なことから逃げたかった意思が見て取れる。

 52歳の容疑者には、父と兄の冥福を祈るための長い時間が残されている。