白鵬は労働者

 確かに睡眠は大事だ。移動の多い米・大リーグの選手など、睡眠導入剤が欠かせないといった話も聞いたことがある。また前の晩にまったく眠れずジャンプが跳べなかったフィギュアスケートの選手の話などもよく聞く。アスリートにとって睡眠管理は必須だろう。

「でも、そういう新しい試みをしようとするときに、柔軟に話を聞いて、やってみよう! と言える横綱がいてこそ、です。横綱には全体を俯瞰(ふかん)するマネージメント力があります。そして横綱を支える親方、部屋のマネージャー、トレーナーといったチーム白鵬も俊敏で柔軟な組織です。最近は多くの企業が『アジャイル開発でリスクを最小化せよ』と取り組んでいますが、同じことです」

 私のような相撲界からしたら門外漢が「お話を伺わせてください」と聞いても、快く受け入れてこんなに教えてくれる。柔軟な組織というのは本当だ。

「それでもやっぱり、基礎トレーニングの賜物だと思います、あの強さは。今回も唇が青くなるほどトレーニングで自分を追い込んでいました。第一人者がこれまで身体を追い込むのに、ほかの若者はだらしないと私は思います。

 そのトレーニングのインターバル中に横綱は『ああ〜、やりたくない』と本音をもらしていました。わかりますよね? 年をとってからのトレーニングは本当にきついです。私は労働科学を研究していますから、その立場から言えば、横綱は労働者なんです。身体を使い、働く、労働者なんですよ」

 白鵬の強さの秘密には、最新鋭の睡眠科学を生かすことから、日々の鍛練がある。強さは、ただ強いだけじゃない。その一端が分かった気がした。

 また、私個人的には九州場所が始まってすぐ、朝稽古を見学させてもらい、そこで白鵬が序ノ口、序二段の力士たちと一緒になって体操をしたり、深呼吸をしていた姿がすごく印象に残っている。オレは横綱様だからひとりでやるんだ、なんてことは全くない。ほかの力士たちの稽古にも、もっとこうしなさいとアドバイスもしていた。場所中である。これから大切な取組がある、その朝だ。そんなときにも決して孤高にはならず、仲間たちとともにある。そういう姿勢が強さの一因でもあると感じた。

 ちなみに白鵬横綱の品格、横綱相撲とは? を考えていないのだろうか。はたして、考えていないと考える人のほうがよほど考えていなくて、『白鵬伝』(朝田武蔵・著/文藝春秋社/2018年刊)を読むと、勝つことをより求められる今のスポーツ化した相撲界において、大相撲の伝統や綱の品格をめぐって葛藤に苦しむ姿が書かれている。横綱を張るとはなんと大変なことだろう、私は胸が詰まるような思いがした。

 優勝から一夜明けた25日、「優勝50回を目指したい」と新たな目標を掲げた。常に高みを目指して公言していくもまた、白鵬の強さの流儀だろう


和田靜香(わだ・しずか)◎音楽/スー女コラムニスト。作詞家の湯川れい子のアシスタントを経てフリーの音楽ライターに。趣味の大相撲観戦やアルバイト迷走人生などに関するエッセイも多い。主な著書に『ワガママな病人vsつかえない医者』(文春文庫)、『おでんの汁にウツを沈めて〜44歳恐る恐るコンビニ店員デビュー』(幻冬舎文庫)、『東京ロック・バー物語』『スー女のみかた』(シンコーミュージック・エンタテインメント)がある。ちなみに四股名は「和田翔龍(わだしょうりゅう)」。尊敬する“相撲の親方”である、元関脇・若翔洋さんから一文字もらった。