「殺される運命」にあった犬たち

 セラピードッグは、相手の目をじっと見るアイコンタクト、相手のスピードと状況に合わせて歩くこと、寝たきりの人のベッドで添い寝をすることなど多くの技術をトレーニングによって身につける。

 これらは「動物介在療法」(AAT)と呼ばれる治療の一種で、病院や高齢者施設、児童施設で、主に犬を介して行われる。アメリカでは60年以上の歴史があり、医療現場でも積極的に取り入れられているという。

 難病で下半身に障害がある山野井裕章さん(69)は、ほとんど車椅子生活。7年前からセラピードッグのデイサービスに通うようになった。最初は脚にギプスをつけて松葉杖をつき、せいぜい2、3歩しか歩けなかったというが、月2回、セラピードッグと歩くうちに、3年でホールを6周半も回れるようになった。

「セラピードッグと歩きたい」という気持ちからリハビリに取り組み、杖なしで歩けるようになった
すべての写真を見る

 山野井さんがうれしそうに話す。

「毎回、距離を延ばせて、温泉にも行けるようになったんです。旅行に出かけると、いちばん困るのがトイレ。車椅子で入れる多目的トイレを探すのが大変。でも、今は普通のトイレでも用がたせるようになりました。杖がなくても歩けるようになったのはワンちゃんのおかげなんです」

 山田和子さん(88)は、特養に入所して10年になる。ひざの上に抱えた犬をやさしく撫でながら、目を細める。

「ワンちゃんの日が楽しみ。家でも犬を飼ってたから、やっぱり可愛いですよね。来てくれる犬の名前は全部覚えてますよ。それだけでも記憶力にいいみたい。この子は、福島からきた小桜ちゃんっていうんですよ」

 神経麻痺で胃ろうを使っていた女性が、セラピードッグを撫でたい一心でリハビリを始め、最終的には好物のプリンを食べられるまでに回復した事例もある。

「単なる癒しではなく、立派な治療なんですよ」と大木さんは言う。

「医者から“リハビリが必要ですね”と言われても、痛いしつらいしで、なかなかやろうとしない。でも、犬たちの無償の愛情が人の気持ちを動かすんです。一緒に歩きたい、撫でたいと意欲が湧くと、楽しくリハビリに取り組めるようになる。結果、人間の免疫力が上がるといわれています」

 大木さんは、友人で元聖路加国際病院名誉院長だった故・日野原重明教授の言葉が心に残っている。

「もう日本の医療は限界なんですよ。セラピードッグの力を借りなければ、人間は幸せにはならないんだ」

 セラピードッグは、犬種も血統も問わない。どんな雑種でも適性さえあれば活躍できる。事実、大木さんの協会で活動しているセラピードッグはすべて雑種、しかも「一時は殺される運命」にあった捨て犬ばかりだ。

「明日ガス室に入る犬、そういう究極の状況から助け出されて、まずは半年以上かけて健康を回復させます。その後、数年間のトレーニングを積み、晴れてセラピードッグになるんですよ」

 現在、主に関東近郊の高齢者施設などを中心に全国で約1万2000人に対してセラピードッグの活動は行われている。東京・中央区だけでも対象者は約4000人だ。

「私は音楽を52年間、セラピードッグを42年間やっています。そんな中で、セラピードッグの活動を通してこの年になっても学ぶことがたくさんある。自分の生きがいはこれだと確信したんです」