「暗かったですねえ。会話のない家でね。娯楽はテレビを見ることくらいしかなかった」。志村さんが明るさを、そして“笑い”を求めた原点が見えてくる。

19歳で子供ができちゃって

2007年、週刊女性のインタビューに応じる志村けんさん 撮影/千葉美幸
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 高校2年生の時に、家を出て付き人をするようになったんだけど、月の給料から源泉を引かれると4500円。食えないですよね。メンバーが食ったラーメンの残りを集めて食ったり、ご飯にマヨネーズをかけて食べたりしていましたね。たまに実家に帰るとおふくろが「食ってるのか?」「食ってない」。黙って台所に立ってすいとんと厚揚げを作ってくれた。家を出る時に、金を握らせてくれたりしました。

 そんなころ、19歳で子供ができちゃって、堕ろすことになってね。どうしようもなくて、おふくろに金を借りに行ったこともありますね。100万円。相手の子のおやじさんが、ちょっと怖い人で、誠意を見せろみたいなことですよ。おふくろは出してくれた。あんまりグズグズいう人じゃないですからね。よく覚えてないけど「気をつけなよ」ぐらいしかいわれなかったんじゃないかな。頭が上がらないんですよ、おふくろには。

 おふくろにいちばん感謝しているのは、お笑いのセンスをもらったことですね。嫁に来る前は、踊りをやったりして“芸事”が好きだったみたいです。おふくろの実家は明るくて、笑うのが好きな家庭なんだけど、でも嫁いだ先の家の中に笑いなんてなかった。

 おやじもじいさんも厳格で怖かった。おふくろも笑いたかったと思うんです。正月とお盆に、自分の実家に帰った時は、笑顔を見せてましたから。

 そんな暮らしの中でも、遊び心があったなあ。小学生のころ、オレが朝なかなか起きないと、脇で針仕事をしながら、その糸に唾をつけてね、オレの顔にそれをつけるんだよね。ひゃーって飛び起きると、してやったりとばかりにニヤッと笑うんですよ(笑)。

 今では、人を笑わせるのもうまくなりましたよ。こたつの中で、黙って屁をしたりしてますから(笑)。

 おふくろは87歳になりました。僕の舞台が好きでね。昨年旗揚げした志村けん一座の公演も喜んでくれた。今年6月の舞台「志村魂2」も今から楽しみにしている(笑)。

 今は兄貴夫婦と同居してるんですけど、実家に帰った時には、必ずすいとんを作ってくれます。「ああ、やっぱり一生、この人には頭が上がんないな」と思いますね(笑)。

取材・文/鳥巣清典