有名進学校から東大のエリートコースを歩み母校の教師になったが、挫折を味わった井本陽久(はるひさ)さん。教師という枠にとらわれていたことに気づき、成績を上げるのではなく自分で考える学びの場を作った。“ふざけ・いたずら・ズル・脱線”によって、子どもたちが生き生きと輝ける環境づくりとは──。

ねらいは上手に発表できることではない

僕ね、子どもたちが笑顔で生き生きしているのを見るとうれしくなるんですよ。成績とか学力なんて上がんなくていいそんなこと幸せには全く関係ないから

 井本陽久さん51は、昨年4月に栄光学園中学校・高等学校を辞め、数学の非常勤講師となった。栄光学園は、養老孟司さんを輩出した鎌倉市内の名門校。東大合格者数は全国トップ10に入る。井本さん自身も栄光学園の中高から東京大学に進学、その後、母校の教師となった。

 現在、栄光学園での授業や長年続けている児童養護施設の学習支援に加え、花まる学習会で“ダメでいい、ダメがいいをスローガンに主宰する、みんなの学び場『いもいも』が井本さんの活動の中心になっている。

 7月の夕方、JR東戸塚駅前にある花まる学習会の一室に中学生が集まってきた。新型コロナウイルス感染症による自粛が解除され、ようやく再開された『いもいも』。この日は、「表現・コミュニケーション教室」と「数理的思考力教室」の授業だ。1年生から3年生まで、さまざまな学校の子どもたちが通っている。

「表現・コミュニケーション教室」の様子 撮影/近藤陽介

 井本先生の教え子で、栄光学園の卒業生が3人で受け持つ「表コミは、この日はオンラインで自宅からの参加も可能顔を出さない子もいるが、それも自由だ

 ネットで自宅と教室をつなぎ、ハイブリッドで進んでいく。オリジナルで考えたミニゲームをするうちに、子どもたちは自然に試行錯誤し、論理やルールの穴を見つけてふざけたりズルを思いつく。ゲームはなかなか進まないが、笑い声が絶えない。

 学校に行っていない子もここでは安心して「自分」を発揮できる。1度、教室に入りさえすれば、次回からは例外なく自分の足で来るようになるという。この教室のねらいは、自分が上手に発表できることではなく、どんな人の表現やコミュニケーションも面白がれるようになること

 大人たちは、授業を行う2時間(小学生は90分)の間、子どもたちがありのままで躍動し、没頭できる環境を作るだけだという。

子どもたちが生き生きと輝きはじめるのは、“自分の考え方で考える自分のやり方でやる”ときだけ“ふざけ・いたずら・ズル・脱線”こそが、それを発揮する最大の場面です。でも、だいたい見学に来た人は何をやってるか全然わからないって言うんですけどね(笑)」