大手企業を辞め、青果の道へ

「俺が改造車で通勤しても、“元気のいい高卒が入ってきた”って上司が言ってくれる、いい会社でした。でも、俺自身が、勤め人に向いてなかったんです」

 入社後は検査部に配属された。1日中、屋内で検査に明け暮れながら、思い出すのは八百屋のことばかりだった。

「身体使って、声だして、自分の力で売っていく。俺にはそっちが合ってると。どうしても気持ちを曲げられなかったんです」

 1年足らずで退職し、青果店に戻ってからは、正社員として、がむしゃらに働いた。

「会社を辞めるとき、おふくろは“もったいない”って反対したけど、おやじは“好きなようにやらせてやれ”って言ってくれました。親や会社の上司の期待を裏切ったぶん、腹をくくって働こうと」

 正社員になってからは、早朝の仕入れから1日が始まった。いちばん下っ端の秋葉さんは、先輩社員が買いつけた青果をトラックに運ぶのが仕事だった。

 ただし、それだけに甘んじてはいなかった。

「青果店ではあっという間に過ぎた2時間が、企業ではえらく長く感じた」と秋葉さん 撮影/齋藤周造
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「トラックを往復して、荷物を積み終わったら、そっからが俺のゴールデンタイム!」

 先輩たちが食堂で朝食をとる間に、ひとりで市場を見て回った。仲卸から野菜の目利きを教わるためだ。

「先輩たちが戻ってきたら車に乗って、俺は運転しながら、おふくろが作ったおにぎりを食べる。それが朝食です。1日の小遣いは、缶コーヒー代の100円だけ。いつか自分の店を持つために、貯金したかったんで」

 持ち前のバイタリティーで、早朝から夜遅くまで、身を粉にして働いた。

 人の何倍も努力して、青果の知識を身につけ、市場と信頼関係も築いていった。

 3年後、22歳で店長に昇格。市場の関係者に「数十年にひとりの逸材!」と言われるまでになった。

 ところが、太鼓判を押された矢先、秋葉さんはふらりと転職しているのだ。

「まだ若かったから、別の仕事をやって、確かめたかったんです。自分が一生をかけて八百屋をやりたいのか。独立したら、もう後戻りできないですから」

 そう話したあと、ぽつりと言葉を足す。

「働きづめで、カミサンとも新婚らしい生活ができてなかったんで」

 そう、秋葉さん、21歳の若さで結婚していたのだ。

 運命の出会いは、高校1年の夏。千葉の海だった。

「男ばっかで出かけていって、人生初のナンパをしたんです。その相手が、カミサン!」

 ベンチに座っていたかわいい女の子にひと目惚れした秋葉さん。そっと横に座って、勇気を出して話しかけた。

「茶髪でチャラそうな男が突然話しかけてきたんで、彼女、警戒してたみたいです。でも、同い年ってわかって、夜にみんなで花火やろうって約束したんです。でね、話がまとまって立ち上がるとき、今でも覚えてるけど、俺、こう言ったの。“先に言っとくね。座ってるときはわかんないけど、俺、ちっちゃいから。驚かないでね!”って」

 身長160センチちょい。

 短所を笑いにかえて立ち去った秋葉さんに、彼女は警戒心をゆるめたのだろう。夏の終わりに交際が始まった。

 秋葉さんの双子の娘、遠峰由加里さん(26)が話す。

「母に聞くと、デートはいつも父の好きな車屋さんで、おしゃれな雰囲気にはほど遠かったみたいです。それでも父を選んだのは、グイグイ引っ張っていくところがよかったと。決断力があるぶん、父は1度言い出したら人の話を聞きません。夫婦仲がいいのは、母が一歩下がってついていっているからですね」

 こうして、4年の交際を実らせて結婚したが、青果店で働くようになった秋葉さんは、家に寝に帰るだけ。夫婦の時間がまったくとれない。

「俺の両親と同居だったんで、カミサンと両親の3人家族みたいになっちゃって」

 そこで、時間の融通がきく配送の仕事に転職した。

 八百屋から離れたことで、夫婦の時間だけではなく、青果への情熱も再確認できたという。

「トラックを走らせながらも、目につくのは八百屋ばかり。店の雰囲気や、お客さんの入りをチェックして、『テナント募集』の貼り紙があると気になって見に行っちゃう。転職して半年で覚悟を決めました。俺には八百屋しかない。店を出そう! と」