被告人に見られた「変化」

 実は、前回の4回目の公判から被告にはふたつの“変化”があった。ひとつは、グレーのベストをスーツの内側に着るようになったこと。

 もうひとつは、シャキッとしたように姿勢を正し、きちんと前を向くようになったのだ。顔色や目つきも以前とは、比べものにならないほどよさそうである。

 さらには、資料や書籍を手に取り、ペンでメモをとるようにもなっていた。冒頭の松永さんも、

「自分の裁判に向き合っているのか」

 と憤りを露わにしたことがあったが、反省したのか? 元通産省工業技術院院長という肩書きを持つエンジニアとして、コンピューターの解析は見逃せないと思ったのか? それとも、無罪を主張するにあたり、その材料を探していたのかもしれない。

 今回も左手に技術書のような本を握っていたが、そのところどころにピンクの蛍光ペンで印が入っているのも見え、最初のころに比べ、とても“前向き”な態度なのだ。

 そんな変節ぶりに不信感を抱いたのか、裁判が終わり、飯塚被告の車イスが押されて法廷を出る間際のことだったーー。

「人殺し……」

 それほど甲高くはない声で、傍聴席の中年女性の声。

 法廷内は一瞬、シーンと静まりかえった。すると、10秒ほどあとに再び、

「人殺し」

 と同じ声が。何かしら、恨みがこもったような重いトーンだった。その声が終わるや否や、廷内にいた警備員が傍聴席の前と横にさっと移動して、

「発言はやめてください。これ以上、発言すると退席させますよ」

 と今度は裁判長の声。もっとも、検察官や弁護人が先に退廷したばかりだったので、今度は傍聴人が退席する順番のときだったが……。

 関係者と思われる女性の静かな心の叫びは、はたして被告に響いたのだろうか。