すると、前田さんが、「猪木さんは、それで言ったら究極ですよね」と。前田さんは、ハイキックで思い切りアントニオ猪木のあごにヒットさせようとしたら、向こうがジャンプしてあごを伸ばしてのどの急所以外に当てさせたと話していました。まさに「合わせ」です。

 猪木さんは、相手の技を立てるために合わせていったんです。前田さんは、「猪木さんが、合わせてグッとジャンプしたとき、信じられなかったですよ」と。前田さんを立てるわ、逃げないわ、逆にジャンプしてのどに受けた。最悪の場合をかわしながらも、合わせにいった。

『MC論 昭和レジェンドから令和新世代まで「仕切り屋」の本懐』(ワニブックス)書影をクリックするとアマゾンのサイトへジャンプします
【写真】加藤浩次を自宅前で直撃

どんな相手にもツッコミながら合わせる

 能で、相舞(あいまい)っていう、2人で舞うことを指す言葉があります。

 2人で舞うときは、リハーサルはしないそうです。リハーサルしちゃうと、リハーサルどおりにやろうとしてぎこちなくなって、「その瞬間」を舞って見せることがきなくなってしまうから。

 それに、リハーサルをして相手の動きを熟知すると、相手に合わせようと意識しちゃう。合わせすぎると自分が出ないし、相手も殺す。だからリハーサルをあえてせず、本番でお互いにその瞬間を探りながら、舞うんです。

 ちょっと相手に合わせてみる。次は相手が合わせてくれるかな? いや、ここは悪いけどやらせてもらおう。やっちゃったあとは悪いから、またちょっと相手に合わせる。

 このお互い様というか、相身互いの相に舞うっていう「相舞」が、のちに曖昧模糊の「曖昧」に字が変わったという説があります。

 この相舞の話を聞いたとき、これってプロレスの「合わせ」と同じだと感じました。加藤君はどんな相手にもツッコミながらちゃんと合わせますよね。相舞している。だからこそ相手も踊ってくれる。MCには合わせや相舞が必要。加藤君はその名人なんですよ。


古舘 伊知郎(ふるたち いちろう)Ichiro Furutachi フリーアナウンサー
立教大学を卒業後、1977(昭和52)年、テレビ朝日にアナウンサーとして入社。「古舘節」と形容されたプロレス実況は絶大な人気を誇り、フリーとなった後、F1などでもムーブメントを巻き起こし「実況=古舘」のイメージを確立する。一方、3年連続で「NHK紅白歌合戦」の司会を務めるなど、司会者としても異彩を放ち、NHK+民放全局でレギュラー番組の看板を担った。その後、テレビ朝日「報道ステーション」で12年間キャスターを務め、現在、再び自由なしゃべり手となる。2019年4月、立教大学経済学部客員教授に就任。