神田沙也加さん(享年35)の突然の訃報から、もうすぐ1週間――。

神田沙也加さんの「幻のデビュー曲」

 テレビの追悼企画では、在りし日の映像が流され、そのなかには「SAYAKA」の名で活動したアイドル時代のものもある。自ら作詞した歌を可憐かつ真摯に歌う姿に、懐かしくなった人も多いだろう。

 彼女のCDデビューは、2002年5月。曲はオリコンで最高5位を記録した『ever since』である。

 ただ、その前に幻のデビュー曲が存在する。

 前年5月、彼女は「SAYAKA」としてのお披露目にもなった江崎グリコの『アイスの実』のCMに出演。CMソングも歌った。

 '03年に開かれたイベントでは、ファンのリクエストに応え、この歌のサビをアカペラで披露。隠れた人気曲だが、CD化はされていない。作曲した杉真理によれば「フルバージョンで制作した」ものの「お蔵入りに」なったという。

 また、'02年には同じグリコの『パナップ』のCMに出演。そこでも彼女の『How do you do?』が使われた。

 こちらは、原田真二が「Shine」の名で作曲。デビュー曲候補だった可能性もあるが『ever since』のカップリング曲にとどまった。

 ではなぜ、この2曲ではなく『ever since』が選ばれたかといえば、時代性を重視したのだろう。杉も原田も、母・松田聖子のアイドル全盛期を盛り上げたアーティストで、アルバムの人気曲を手がけた。この2曲も当時の聖子テイストが強く、それはそれで魅力的だが、この時期の旬ではない。さらにいえば、杉や原田も活躍のピークは1980年前後だった。

 そこで「SAYAKA」のスタッフは、聖子の二番煎じに見られることを避けるためにも、もっと別の、できれば旬のテイストを加えたかったのだろう。

 その流れで白羽の矢が立ったのが「ブリグリ」ことthe brilliant greenの奥田俊作。数年前にヒットを飛ばしたJポップど真ん中のアーティストであり『ever since』もJポップらしいサウンドに仕上がった。方向性としては、浜崎あゆみの少女版という感じだが「SAYAKA」の詞と声が独自の世界を作り上げている。

 スター夫婦の娘ならではのさびしさを味わい、学校ではひどいイジメにも遭った少女が「壊れかけた夢」を抱えながらも、前に進むことで強くなれると自らに言い聞かせるかのように歌うそのメッセージ。まだ粗削りながらも、透明感とうるおいを合わせ持ち、聴くものを癒すその歌声。

 それは彼女にしか生み出せない世界であり、デビュー曲として悪くない選択だった。

 ただ『アイスの実』のCMソングを気に入っていたファンからは、そのまま正統派のアイドル路線でもよかったのにという声も出た。あるいは、聖子テイストを薄めつつ、90年代の広末涼子みたいなラインで行く手もあっただろう。

 しかし、当時はそれがやりにくい状況でもあった。