ハローワークの押印を確認して手渡す千円札

 仲道司法書士が男性とともに桐生市を訪れて交渉した際、「一括支給するとすぐに使ってしまうので、生活指導の意味を込めて求職活動を毎日行うことを指導したうえで支給していた」と市側から説明されたそうだ。

 厚生労働省保護課も「事情に応じて分割支給する例はある」と朝日新聞の取材に答えている。

 確かに、受給者の事情に応じて分割支給するケースはある。しかし、なぜ市も厚労省も、満額支給していなかった点について口をつぐんでいるのだろう。問題の本質は、いち自治体が国の憲法を勝手にねじまげ、生活保護受給者の「生存権」を脅かしたことにあり、深刻で重大だ。

 東京新聞によると、群馬県の地域福祉推進室は「(自身で管理が難しい人に対して)週1回などはありうるが、毎日手渡すというのは社会通念上不適切」と指摘。満額支給を含め、生活保護法に沿った対応をするよう市に電話で伝えた。

 つまり県は「桐生市が生活保護法に沿った対応をしていなかった」と暗に認めているわけだが、ならばなぜ生活保護法に違反していると言えないのだろうか。

 例えば男性が「私は1000円でいいですよ」と言ったとしよう。そのとき、福祉事務所はどう対応すべきか?「生活保護の基準額は、憲法25条が定めた健康で文化的な最低限度の生活を保障するものなので、憲法上、また生活保護法上、私たちはそれを下回る生活をさせるわけにはいきません」と言わなければいけない。

「なんでだんべえ?ずぶの素人にはわかりっこなかった」

 報道によれば、50代のこの男性は中学卒業後に建築関係などの仕事を転々としてきたが、事故に遭ったり、結核を患ったこともあり、働く意思があっても思うように働けなくなった。また、男性を支援している司法書士の仲道氏によれば、男性には糖尿病の持病もあり、歩くのに不自由しているのだという。仲道氏は言う。

「市の担当者は、『この人はお米を買いにスーパーに行けるんだから歩けなくはない』って言うんですけど、米を買いに行くのなんて月一度くらいなわけですよ。なのに、毎朝9:00~9:30にハローワークに行けと言われ、彼は家からバスの停留所まで歩いて、バスに乗ってハローワークに行って、毎日行ったところで更新されもしない求人情報を見て、相談して、それから市役所に行って千円もらうって、あまりにもひどいですよ」

 一日1000円しか保護費が渡されないことについて男性は「なんでだんべえ?」と担当ケースワーカーに聞いているが、ケースワーカーの説明は「いきなり法律の話をしてきてズブの素人にはわかりっこなかった」と答えている。

 男性は節約のため夜にスーパーへ行き、割引シールが貼られた総菜などで食事をすませた。アパートにゴキブリが出ても、一日1000円では駆除する殺虫剤は買えなかった。

 光熱費は請求書を持参するとその分が支払われた。しかし、決定時に2000円渡されただけで光熱費の話もされなかったため、例年にない猛暑の中、エアコンもほとんど使わず、まったく健康でも、文化的でも、最低限度ですらない日々を過ごした。

 8月の合計支給額が光熱費も入れて3万3000円なのはそのせいだ。群馬の夏は暑い。特に今年の夏は暑かった。桐生市の8月の猛暑日(35℃以上)は24日間もあり、最高気温は39.7℃に達している。男性が熱中症で亡くならなかったのは不幸中の幸いとしか言いようがない。