秋篠宮さまや佳子さまたちの“働き方改革”を、良い手本に
日本人が最初に移住したラ・コルメナでは、日本語学校の子どもたちの元気な歌声で迎えられ、拓殖記念碑を見学し、慰霊碑に供花した。ラ・コルメナ日本文化協会が昼食会を催し、パラグアイの日系社会に伝わる日本食や、日本語学校に通う子どもたちによる歌で、もてなされている。
午後、田中秀穂写真記念館を訪れ、かつてのパラグアイの様子や当時の道具や生活用品、その時代の医療機器などを見学した。
イグアスでは、日本人会や日本語学校の子どもたちに迎えられ、中央公園では、上皇ご夫妻が1978年に植樹したラパーチョとサクラを見学した。また、日本語学校の校庭で子どもたちと一緒にラパーチョとサクラの木を植えている。
日本語や日本の文化の教育に力を入れる「ニホンガッコウ」と「日パラグアイ学院」という二つの学校を訪れた。この学校からは、これまで在校生が何度も日本を研修で訪れていて、その際、秋篠宮ご一家とも交流する機会を持っている。今回、それぞれの学校を訪問し、授業を見学したり、在校生たちと交流した。
9月1日、秋篠宮さまは熊本県を訪れ、総裁を務める恩賜財団済生会の病院を視察した。報道によれば、熊本市と宇城市で、熊本地震に被災しながら患者の対応に当たった病院職員と面会し、お見舞いとねぎらいの言葉をかけたという。
熊本市の済生会熊本病院では、災害拠点病院として、多くの患者を受け入れた病院の状況について、院長から説明を受けている。自宅が損壊するなどした医師や看護師らと懇談した秋篠宮さまは、「ご家族は大丈夫でしたか」などと声をかけたという。その後、宇城市の済生会みすみ病院を訪問した。勤務中に地震に遭い、半壊した自宅に子どもが一時閉じ込められたという女性看護師には、「大変でしたね。無事で良かったですね」などと、話していたという。
秋篠宮家では、佳子さまが慰霊の大法要に出席した一方で、同じ日に父親は地震で大きな被害を受けた熊本県を訪れ、天皇、皇后両陛下よりも早く被災者たちを見舞っている。三人一緒に、皇居で行われた防災訓練に参加した天皇ご一家とは対照的だった。
皇族数が減少し、公的な活動の見直しが求められている中で、秋篠宮ご一家のように、家族が分担して仕事をすれば、2倍、3倍の活動を迅速に行うことが可能である。今、皇室には創意工夫が求められている。秋篠宮さまや佳子さまたちの“働き方改革”を、良い手本として広めてもらいたい。
えもり・けいじ 1956年生まれ。1980年、毎日新聞社に入社。社会部宮内庁担当記者、編集委員などを経て退社後、現在はジャーナリスト。著書に2025年4月刊行の『悠仁さま』(講談社)や『秋篠宮』(小学館)など


















