1983年にドラフト3位でヤクルトスワローズに指名され、プロ生活をスタートさせた橋上監督代行。レギュラーとはいかずともユーティリティぶりを発揮し、1996年にはトレードで日本ハムファイターズに移籍。サブとしていぶし銀の活躍を見せた。
1999年に戦力外通告を受けて引退と思われたが当時、阪神タイガース監督を務めていた野村克也さん(享年84歳)に誘われて移籍。1軍での出場成績は残せなかったものの、れっきとした阪神OBでもある。
阪神でなくとも他球団が接触か
「ヤクルト時代の恩師、野村さんが東北楽天ゴールデンイーグルス監督に就任した際には“懐刀”になり、ヘッドコーチとしてチームを支えた橋上さん。野村イズムを受け継ぐ指導者の1人と言えるでしょう。
そしてシーズン途中からの指揮で結果を出し、何よりも若手選手が生き生きとプレーし、ベンチが格段に明るくなったことも、経営者経験も豊富でコミュ力が高い橋上さんの実績でしょう。もしも巨人が今季限りで“解任”するのなら、阪神でなくとも他球団が放っておくことはしないですよ。その際には争奪戦になる可能性大です」
9月13日放送のNHK『サンデースポーツ』では、ともに野村さんの教え子で、チームメイトとしてプレーした古田敦也氏(61)との同学年対談が実現。12日に勝利した阪神戦前に「俺は今年、優勝したい。君らはどうだ?」と、監督代行として初めて選手たちに直接「優勝」を問うたことを明かした橋上監督代行。
来シーズンの監督就任を一番願っているのは巨人ナインなのかもしれない。


















