セパタクローに感心する悠仁さま
それに先立つ9月19日、名古屋市瑞穂公園陸上競技場で行われた第20回アジア競技大会の開会式に、佳子さまの伯父である天皇陛下と皇后さま、それに、大会名誉総裁の秋篠宮さま、紀子さまも出席した。アジア競技大会は4年に1度、開催されるアジア最大のスポーツの祭典として知られ、10月4日までの日程で熱戦を繰り広げた。
9月21日には、佳子さまの弟である悠仁さまが愛知県の東海市民体育館を訪問し、アジア競技大会のカバディ男子の日本とインドの試合を見学した。
その後、名古屋市内でセパタクロー女子の日本対韓国の試合などを観戦し、拍手を送っていた。セパタクローは「足で行うバレーボール」と呼ばれる。ネットを挟み、足や頭を使って、相手のコートにボールを返し合う競技で東南アジアが発祥だといわれている。
悠仁さまは、「いろいろな技を巧みにやっているのですね」などと感心していたという。
《戦争の悲劇を繰り返さないためには、本来、ありのままの資料を見て、自分には何ができるかを考えてもらうことが望ましい。だが、強い恐怖や悲しみから、子供たちが「戦争に関する資料は見たくない」と思うようになっては元も子もない》
9月28日付「読売新聞」の社説《戦争資料の展示、子どもたちの心にどう配慮する》は、このように書いている。この社説によると、広島市の広島平和記念資料館は2028年度に、主に修学旅行などで訪れる小学生、中学生向けの新たな展示スペースを設けるという。悲惨な写真などを展示するコーナーの手前に、「この先には、傷つき苦しむ人の写真や絵があります」などという注意書きを掲げる予定らしい。
資料館を訪れた小学生や中学、高校生へのヒアリング調査などで、「悲惨な絵が頭から離れない」「悪夢を見る」という回答が複数あったためだという。
戦後80年の節目の年だった昨年の夏、秋篠宮ご夫妻、それに、佳子さまと悠仁さまの家族4人は、東京都目黒区にある東京都写真美術館を訪れ、「被爆80年企画展 ヒロシマ1945」を見学した。
この企画展は、中国新聞社など報道機関5社の主催で、各社のカメラマンや市民らが撮影した原爆投下直後の写真など約160点と映像を公開していた。
佳子さまたちは、担当者から説明を受けながら、原爆投下後の写真などを真剣な表情で見て回った。当時、筑波大学1年生の悠仁さまは「写真や映像が持つ情報の多さや力を感じました」との感想を述べたという。
秋篠宮ご一家が訪れた数日後、私も会場に足を運んだのだが、焼死体などかなり凄惨な写真もあり、佳子さまや悠仁さまは見て大丈夫だっただろうかと、心配になった。
佳子さまは小さいころから親の公的な活動に同行して、戦争や災害などの被害に向き合ってきた。これは内親王としての大事な務めなのだが、時代は日々、動いている。
これからは、皇室に生まれた子どもたちへも、いろいろな配慮というものが必要になるかもしれない。
<文/江森敬治>


















