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ー 「ゴジラ」の名付け親が明かした松井秀喜の意外な一面
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ー 映画公開に予期せぬ追い風

 巨人の新監督に就任することが決まった松井秀喜氏。現役時代から「ゴジラ」の愛称で親しまれてきたが、その名付け親は高校野球を担当していた記者だった。高校時代に生まれた「ゴジラ」の意外な経緯や、本人が当初は戸惑っていたというエピソード、さらには本家である映画『ゴジラ』との不思議な縁を振り返る。

「ゴジラ」の名付け親が明かした松井秀喜の意外な一面

 10月23日、巨人の新監督に就任することが決まったのは、球団OBの松井秀喜氏だ。現役時代は巨人の4番打者として本塁打を量産し、メジャーリーグでもワールドシリーズMVPに輝いたレジェンドが、今度は指揮官として巨人を率いることになる。

 そんな松井氏を語るうえで欠かせないのが、「ゴジラ」という愛称。今や日米で知られるこの呼び名は、実は高校時代に生まれたもの。名付け親は、当時、日刊スポーツで高校野球を担当していた女性記者だった。

「打球の飛距離が規格外だった松井さんは高校1年生の秋には、すでに星稜の4番を任され、『北陸の怪物』と呼ばれる存在でした。記者が注目したのは、その高校生離れしたパワーと迫力だけではありません。

 大きな体格や特徴的な犬歯、ニキビのある顔に汗が流れる様子など、本人の印象も怪獣の『ゴジラ』と重なったようです。実際、記者は当時目の前にいた松井さんと伝説の怪獣の顔が重なったと後に明かしています」(スポーツ紙記者、以下同)

 その名が広まるきっかけとなったのが、1992年春のセンバツ高校野球大会。女性記者は開幕前日のフリー打撃で、松井氏が次々と打球をスタンドへ運ぶ姿を目撃し、紙面で「ゴジラ」と表現した。

「大会初戦の宮古高校戦で、松井さんは2打席連続本塁打を放ちました。女性記者はその活躍を『ゴジラが火を噴いた!』と表現しています。さらに2回戦の堀越高校戦でもホームランを記録し、2試合で3本塁打。怪獣の名前が、松井さんの規格外のパワーを表す愛称として、瞬く間に全国に広まってきました」

 もっとも、本人は最初からこの呼び名を気に入っていたわけではない。女性記者によると松井氏が「なんで怪獣なの?」と戸惑っていたこともあったという。

「高校生の松井さんにとっては、怪獣の名前で呼ばれることに抵抗があったのかもしれません。ただ、巨人でスター選手となり、メジャーリーグでも活躍したことで、『ゴジラ』は日米で通用する言葉になりました。結果的に、選手としての松井さんを象徴する名前になったわけです」

 1993年に巨人へ入団した松井氏は、在籍10年間で本塁打王3回、打点王3回、首位打者1回を獲得。チームのリーグ優勝4回、日本一3回に貢献した。2003年にヤンキースへ移籍してからも活躍を続け、2009年にはワールドシリーズMVPに輝いた。日米通算507本塁打を記録した松井氏にとって、「ゴジラ」はまさにキャリアを象徴するものとなった。