放射線の話は福島でこそタブー

 福島の母親たちが苦悩するのは水だけではない。

 いのちの水を利用する、8歳と6歳の子どもの母の山根麻美さん(30代=仮名)は、家庭内で苦しい立場に置かれている。

「ここに住む以上、母として最善を尽くします。長い休みには子どもを県外保養させ、食べ物は、放射線測定する生協の宅配で賄います。でも、地元の夫の実家が露地野菜を送ってくる……。夫の親は“爆発からもう5年もたった。安全だ”と言いますが、私は“まだ5年しかたってない”と言いたい。でも、夫との間で放射線に関する話はしません。話せばもめますから

 前出の高橋さんは、「学校のPTAでも放射線は話題にもなりません。今、校庭や公園で放射線測定する人がいたら奇異の目で見られる。私は不安だから、学校行事があるときに校庭をこっそり測定していました」と、当たり前の不安を声に出せない空気を危ぶむ。

夫や姑と被ばくに対する見解が合わず、ひとり苦しんでいる高橋さん(仮名)
夫や姑と被ばくに対する見解が合わず、ひとり苦しんでいる高橋さん(仮名)
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 坪井さんは「福島のお母さんたちは、それを話題にすることにすら疲れ切ってしまった」と説明する。

「ウチでは当初、水を配布できるのは500人から800人だけ。もらえない人がたくさんいました。その人たちは店で水を買って、自宅では“いのちの水というところでタダでもらえた。ラッキー”と家族にウソを言っていました。自分の意思で購入したとわかると、特に舅や姑との火種になるからです。今、お母さんたちが放射能問題を口に出せば、家庭では離婚になるし、地域からはじかれます。お母さんたちは、子どもの健康への心配すら口にできず、疲れてしまったのです

 マスコミも福島の母親たちの声を拾わなくなっている。歴史的な不条理に取り残されようとしている母親たち。だからこそ、坪井さんは決めたのだ。

「せめて、私たちは寄り添おう、この人たちを見捨てなかったという歴史を作ろうと決めたんです。いつの日か、子どもたちが“私たちの父母は決して見捨てなかった”と言ってくれるだけの歴史を作る。それが私たちの仕事です」