「抱き起こされて亡くなるシーンで、少し微笑みがあればよかったかな、と。それは反省点です」

 若年性アルツハイマーと診断された妻を12年間、介護した陽信孝さんの原作を映画化した『八重子のハミング』(5月6日公開)で、妻・八重子役を演じ、28年ぶりにスクリーン復帰した、高橋洋子。

 昨秋、作品の舞台となった山口県で先行公開され2万5000人以上を動員し、全国公開が決まった。

 八重子は、症状が進行して、認知症にもなり幼女のような言動を繰り返し、セリフらしいセリフがほとんどない難しい役。思い浮かんだのは、ペットの飼い猫だったという。

「わが家のホタルは“100万回ビビった猫”というくらい臆病。その猫の目を参考にして、3歳ぐらいの幼稚園児になったつもりで、演じようと思いました。

 本番では、頭のなかで半分は(撮影の)段取りのことを考えて、もう半分では、“むすんで、ひらいて〜”と童謡を歌ったり、“お腹がすいたな”とか“寒いな”とか、本能的なことを思ったりしながら、動いていました」

 久しぶりの現場は、かつては1台だったカメラが、同時に複数台で撮影するシステムになっていて違いを感じたが、「演じる思いは一緒だった」と振り返る。

 1972年に、デビュー主演映画『旅の重さ』で注目され、翌年、NHK朝ドラ『北の家族』のヒロインに抜擢された。一躍、人気女優となり、'74年の映画『サンダカン八番娼館 望郷』では、名女優・田中絹代が演じる主人公の10代〜30代を好演し、若手演技派として多くの作品に出演した。

 その後、'81年に小説『雨が好き』で作家デビューし、『第7回中央公論新人賞』を受賞。'82年に発表した小説『通りゃんせ』は、芥川賞候補になり、文筆家として注目されるようになった。

「“二足のわらじ”をできると思っていたけど、女優の仕事は、徐々に減っていきました。依頼されるのは、海外を訪れてレポートするとか、書いていることを反映する仕事が多くなっていきました」

 女優業よりも文筆家として忙しくなったことで、テレビや映画の露出が減った。その間に、アニメ主題歌がヒットした歌手や、専門書の著者に同姓同名がいて、本人は困っていたという。

「本名ですが、以前から当たり前すぎる名前に、コンプレックスがあったんです。そこで、小説を出すときに、ペンネームを使いたかったのですが、吉行淳之介さんや丸谷才一さんに“すっきりした、いい名前じゃないか”と、逆にほめられ結局、ペンネームは持てませんでした」と、逸話も。

 今回の映画出演をきっかけに、女優業への意欲があらためて膨らんだ。

「今までは机を前にした生活だったので、久しぶりの撮影現場は新鮮でした。(その間に)映画作品は、いっぱい見ていても、実際には現場にも行っていないし、セリフも言ってない。それが、自分の肉体と声を使って、演じられていることが楽しい。昔は“ああ、疲れるなぁ”と思っていたロケバスの移動でさえ新鮮でした。

 “よーい、スタート”の声とカチンコの音を聞いていると、映画からスタートした私にとっては、古巣に戻ったという感じです。

 私の年齢の女優に、需要があるのかわかりませんが、機会をいただければ、やっていきたいと思っています」

認知症妻を演じる (C)Team『八重子のハミング』

<作品情報>
『八重子のハミング』
山口県萩市を舞台に、認知症を患った妻と介護する夫の12年間にわたる夫婦の純愛と家族の愛情を描く。出演・升毅、高橋洋子、文音、中村優一、朝加真由美、梅沢富美男ほか。監督・佐々部清 5月6日(土)有楽町スバル座ほか全国ロードショー。