又吉直樹の第2作は劇作家と恋人の不器用すぎる恋愛小説

■『劇場』(又吉直樹=著/新潮社)

 処女作『火花』で直木賞を受賞した又吉直樹の待望の第2作。ハードルが上がりまくった中で執筆するのは、かなりプレッシャーだったとは思うが、そんなことを感じさせない、変わらない世界観にホッとした。

 劇作家の主人公と夢を抱き東京に出てきた恋人が、ふとしたキッカケで出会ったことで始まる不器用すぎる愛。小劇団という舞台を通じて描かれているため、その世界に多少通じている人ならよりリアルに、知らない人でも、上手く愛情表現をできないがゆえにすれ違っていく恋愛模様には、胸がギュッと締めつけられるはずだ。

 劇作家である主人公を通じて描かれる、会ったこともない人物への漠然とした嫉妬、妬み。将来への不安と根拠のなき自信に揺れる気持ちは、クリエイティブな仕事をしている人、目指している人なら1度は経験したことがあるのでは。夢を見ていた時代の気持ちを今なお忘れず、鮮烈な言葉でアウトプットできるからこそ、又吉直樹は多くの人に支持され続けているのだろう。

(文/週刊女性編集部)

究極の選択、偽装死に迫るノンフィクション

■『偽装死で別の人生を生きる』(エリザベス・グリーンウッド=著/文藝春秋)

 借金や不倫、その他の事情で人生が行き詰ったとき、「そうだ。自分が死んだことにして別の人生をどこかで始めれば」と妄想したことはありませんか。この本は「偽装死」について、当事者や協力者、警察、保険会社など、いろんな立場から考察した1冊。

 偽装死のほとんどの原因はお金。著者自身も学資ローンを背負っており、返済について考えるうちに偽装死というアイデアにたどり着きます。死を偽装して借金から逃げようとする人々を追うプロの調査人の執拗さ、失踪を請け負うプロの逃し屋のあの手この手のテクニックは読んでいて実にスリリング。現実やネット上での足跡をいかに消し、いかに見つけるか……。

 スゴ腕の保険金調査人は「偽装死は愚か者の行為」と断じますが、著者は実際に金を払い、「フィリピンで交通事故死」の筋書きで「偽装死」します。その結末はぜひ本書で!

(文/ガンガーラ田津美)

『偽装死で別の人生を生きる』エリザベス・グリーンウッド=著/文藝春秋 ※記事中にある画像をクリックするとamazonのページにジャンプします

東京の「道」の奥深さを伝える1冊

■『カラー版 東京いい道、しぶい道』(泉麻人=著/中公新書ラクレ)

 地下鉄、バス、旅館などさまざまなテーマで東京についての本を書いてきた泉麻人さん。昨今流行の『ブラタモリ』的趣味のルーツは、この方あたりにあるのでは?

 その泉さんが今回注目したのは「道」。大通りからはずれてひっそりとある旧街道や、くねくねと曲がる細道、商店街が続く狭い通りなどの「いい道」「しぶい道」を丹念に歩く。東京に住む人でも「こんな道あったの?」と驚くかも。幼少期から東京を歩き回っていた著者だけに、いま目の前にある光景に昔の記憶を重ねることで描写に深みを加えている。

 ところどころにマニアックなネタを入れる呼吸も心憎い。文京区と北区が接する旧藍染川跡の道に両方の住居表示板が並ぶポイントがあるなんて、近所だけれど知らなかった。読み終えると、まだ行ったことのない道を歩いてみたくなります。

(文/南陀楼綾繁)

『カラー版 東京いい道、しぶい道』泉麻人=著/中公新書ラクレ ※記事中にある画像をクリックするとamazonのページにジャンプします