女優・浜木綿子といえば、どんな役とシーンが思い浮かぶだろうか? 宝塚の可憐な娘役、背中で泣く夜の女役、夫に三くだり半を突きつける痛快な妻役、息子のために奮闘するおふくろ役、事件を解決に導くスゴ腕の監察医……。これまで、さまざまな役を演じてきた浜さんが“仕事”という舞台を降りてから、今は自分の人生というステージを謳歌している。そんな浜さんの暮らしぶりをご紹介する新連載がスタート!第一回は芸名の裏話と愛で続けた花との思い出を明かしてくれました。
あけましておめでとうございます。私の芸名は“浜木綿(はまゆう)”というお花からいただきました。歌劇団に入団するとき、演出家の堀正旗先生に命名をお願いしましたら、浜木綿子と渚ナントカという2つの名前を書いてくださったのです。
万葉の一首から始まった“女優人生”
私は読めなくて「何と読むのですか?」と伺うと、万葉集に載っている柿本人麻呂による《み熊野の 浦の浜木綿 百重なす 心は思へど 直に逢はぬかも》という和歌があるのだよ、と。読み方がわからなければ、みなさんがかえって関心を持って覚えてくださるかも……、よし、この和歌からいただいて浜木綿子にしよう!!と、すぐ決まりました。「モメンコ」ではありませんのヨ(笑)。
ハマユウは夏に白い大きな花を咲かせます。花びらが幾重にも重なり、夜は香りが強くなって幻想的に。花言葉は「どこか遠くへ」「汚れのない」「あなたを信じます」─、ちょっと、いいでしょ?
私はお花が大好きで、以前30年以上暮らした一軒家で、お庭にいろんな草木を植えていました。お花もいろいろ……と。春の訪れ、夏の盛り、秋の気配、冬の到来。それぞれ風情を愛でていました。芝桜、バラ、浜木綿、すみれ、マーガレットなどなど。梅の木もありましたね。可愛がっていた小鳥が亡くなったときは、その梅の木の下に眠らせましたの。
苦い思い出もあります。30歳を過ぎたころにストレスで声が出なくなったことがありました。宝塚出身の私が歌えないなんて、女優を辞めなければいけないとまで思い詰めて。自宅で療養していると、宝塚の同級生でマルの愛称だった那智わたるさんがお見舞いに来てくれたのです。マルは「歌がなくても、お芝居だけやればいいじゃない」と励ましてくれて。
当時の自宅には、家の門から玄関までアジサイがズラ~っと花を咲かせていましたが、マルが「このアジサイはアッコ(編注:浜さんの本名の阿都子)に合わない、全部抜いちゃいなさい」って。大好きで植えていたのですが、ほかのお花に植え替えることにしました。
その後、アジサイを見ると嫌いではないのに不吉な気がしたものです。でも今は、七変化しながら咲くアジサイに辛抱強さと美しさを感じて「あなたはエライ!!」って喝采を送っています。
17年ほど前、一軒家からマンションに引っ越したときは、お庭がないから、とても寂しく物足りなかったです。私は草取りや芝刈りが大好きでしたから。でも、マンションのベランダに、お花をいろいろ植えましたの。毎朝、パンジーにお水をあげるときは ♪春すみれ咲き、春を告げる~って歌いながら、ね。
近所の公園では、季節によって木々の葉が色づいて、芽吹いて、可愛らしいお花が咲き、楽しませてくれます。小さな川もあって、その両脇に大きな桜の木がズラ〜っと。春になると見事ですよ。
桜の木を見て思い出すのは20代のころ、桜の枝を1本いただいて、急いで走って帰り……。よく見たら花びらが1枚もなくて細い枝のみ。悪いことはできないものです……ゴメンナサイ、遅すぎますね。
若いころ“ヒマワリが歩いている”なんて言われた私も昨年10月で90歳に。お祝いにお花などいっぱいいただきました。この場をお借りしてお礼を申し上げます。この年で祝っていただけるって本当にうれしいですね。愛がいっぱいのお花たちに囲まれて多幸感に浸っておりました。
今の楽しみはアマリリスの球根です。以前、宝塚の後輩が贈ってくださったのですが、お水を与えなくても花を咲かせるのでビックリしました。昨年、私も買い求めて育て始めたのです。
先日ついに芽が出てきました。昔、母からお花に触れると枯れやすいと聞いていましたから、毎朝、声をかけるだけ。「あなたは、お水も太陽もなしで、どうして育つのぉ?」って。楽しみ、癒しをくれるこの子に、いっぱいの愛を注いでいます。
※お花をこよなく愛する浜さんのエッセイは隔号に掲載予定。次回は1/27(火)発売号です!
















