過労死を下支えする「自己責任」の偏見

 寺西さんは、過労自殺の遺族が言い出せない背景に「過労死は自己責任」という風潮があるという。

「誹謗中傷へのおそれや社会の無理解のために、遺族が責任を抱え込んでしまうんです。周りからは“なんで辞めさせなかったの”と批判されます。自殺だと特に言えない。“精神が弱い”“個人の責任だ”と片づけられてしまう。過労死はまじめで責任感が強い人が被災する理不尽な出来事。労災認定、裁判で勝利を獲得しても、死んだ人は2度と生き返らない。生涯、救えなかった自責の念を持ち続けるのです。

 だから私は、夫はどうすれば死なずにすんだのかを考え、行動していくことをライフワークにすることに決めたんです」

厚労省の前で、高度プロフェッショナル制度をはじめ過労死リスクのある法案に反対を訴える寺西さん。「karoshi」は世界でも注目、寺西さんは遺族として海外メディアの取材もこなす
厚労省の前で、高度プロフェッショナル制度をはじめ過労死リスクのある法案に反対を訴える寺西さん。「karoshi」は世界でも注目、寺西さんは遺族として海外メディアの取材もこなす
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「家族の会」への相談は、一家の大黒柱である中高年を亡くした遺族が主流だった。しかし近年、若年層にも犠牲は広がりつつある。娘や息子を亡くした親や、幼い子どもを抱えた妻が相談に来るという。

「配偶者を失っても、子どもがいる場合は、生活と子どものために頑張ろうと思える。でも、子どもを過労死で失った親御さんは生きる希望が絶たれてしまう。(死亡と業務の因果関係の)立証責任は遺族側にあり、労災認定のハードルは高い。不当な評価をされるくらいなら、と泣き寝入りしてしまう人を何人も見ています」

 寺西さんは今、「過労死防止法が成立し、長時間労働はいけないという風潮が広がってきたのに、このままでは『過労死合法化』になりかねない」事態を危惧している。残業時間の上限規制で、繁忙期は「月100時間未満」の残業が認められようとしているからだ。

「今まで残業時間は、労使協定があっても“原則45時間”で、それ以上は特別条項でしかなかった。なのにまた特例を設け倍以上の時間数を容認している。しかも100時間は過労死ラインです。命より大切な仕事なんてありません。死んでからでは遅いのです」

取材・文/小泉カツミ

ノンフィクションライター。人物ルポ、医療、芸能など幅広い分野を手がけ、著名人へのインタビューも多数。著書に『産めない母と産みの母~代理母出産という選択』ほか