『ウルトラクイズ』は、人生最大の極限と無気力状態に!

 入社4年目で先輩アナの福留功男から引き継ぎ、『全国高等学校クイズ選手権』を10年、『アメリカ横断ウルトラクイズ』を2年担当した福澤朗(54)。

「『高校生クイズ』は6月から地区予選がスタート。土曜に現地入りして日曜にロケ、最終便で東京に戻ってくる生活が7月中旬まで続きました。朝起きて一瞬、自分がどこにいるかわからなくなることもありました。

「ジャストミート!」のフレーズが大ブレイクした福澤朗

 その後、夏休みに入ると地区代表を決める大会があって、8月に全国大会なんです。そんな生活を10年ですから。僕にとって夏=高校生クイズで、今でも夏の暑い日に広い場所へ行くと、その当時を思い出しますね。

『ウルトラ』は、20代のペーペーによくこんな大番組の司会をやらせたな、と。『高校生クイズ』は先輩的な感じでやれたんですが、『ウルトラ』の出演者は僕よりも年上の方が多かった。今なら人生の酸いも甘いも噛み分けた者同士、うまくできると思うんですけど(笑)

 忘れられないのは’91年、東京ドームで行われた『ウルトラ』の第一次予選でのこと。福留が番組降板を告げると、参加者から“福留コール”が巻き起こるなど異様な雰囲気に。福澤はそこへ登場しなければならず、「お金を積んで立ち去れるなら、いくらでも積む(笑)」と思ったほど人生最大の極限状態に。意を決して外野から「ジャストミーーーート!」と絶叫しながら登場。

「よく息が続いたなと思いますね。でも“このまま倒れて病院送りになればやらなくてすむ”という気持ちもありました(笑)」

 その後の海外ロケでは毎晩、問題の下読みや打ち合わせなどで、ほとんど熟睡できなかったという。

あそこまで追い込まれたのは初めてで、ずっと気持ちがオンの状態。それでようやく翌日帰国という夜、ベッドから落ちたんですよ。熟睡したんでしょうね。一瞬何が起きたのかわからなかったんですけど、あー終わったんだ、と。しかも、帰国して約1か月間、無気力状態になってしまいました。精も根も尽き果てたんでしょうねぇ(笑)」

 また、逸見政孝さんの後任として、’94年から『新装開店!SHOW by ショーバイ!!』の2代目店主を務めた経験も。

「内容ができあがっている番組を継ぐのは本当にしんどいんです。比較されるところから始まりますからね。やっぱり番組を立ち上げるところから携わるほうがいいですよ。

 なので1回目から司会をやっている『最強の頭脳 日本一決定戦! 頭脳王』は楽しいです。類いまれなる天才たちが集う頭脳祭りを見ていると、こういった人たちがいれば日本は大丈夫だなと思いますよ。年末に予選があって1月に決勝戦を放送予定なので、楽しみにしていてください」

 視聴者、司会、回答者のすべてを経験した。

「今はおもしろいところ、笑えるところしか放送で使わないけど、本来クイズは泣けて、しみて、考えさせるもので、そこには“負けの美学”がある。プロレスも同じで、正々堂々と戦って負けた選手にも惜しみない拍手が送られる。だから、クイズ番組にはまだまだ可能性がありますよ。

 僕は今『ウルトラ』のようなクイズドキュメンタリーをやりたいんです。同じ高校に通っていた3名でチームになって戦う『“元”高校生クイズ』なんてやったら楽しいでしょうね。当時、番組を見ていた世代の人たちの人生には悲喜こもごもがあるはずなので、おもしろくなると思いますよ。そんな同世代の人たちを“燃え尽きるのはまだ早い、人生後半、燃えてゆけ、ファイヤー”って応援したいですね」


<プロフィール>
柳生博◎1937年生まれ。茨城県出身。『100万円クイズハンター』のMCを務める。NHK大河ドラマ『翔ぶが如く』や、映画『ミンボーの女』など役者として幅広く活躍。『生き物地球紀行』ではナレーションを担当。’04年からは『日本野鳥の会』の会長に就任

福澤朗◎1963年生まれ。東京都出身。’88年、日本テレビ入社。『アメリカ横断ウルトラクイズ』『全国高等学校クイズ選手権』ほかMCを務める。『全日本プロレス中継』での“ジャストミート!”のフレーズで人気に。’05年フリーとなり各方面で活躍。日本酒アンバサダーでもあり近著に『日英対訳 ときめきの日本酒』(文芸社)が