「あれ、今日はハンバーグでしたよね?」という言葉がのど元までこみ上げたのですが、うっと踏みとどまりました。

「これ、間違いですよね?」その一言によって、和田さんたちとおじいさん、おばあさんたちが築いている、この“当たり前”の暮らしが台無しになっちゃう気がしたからです。

「注文をまちがえる料理店」が生まれた瞬間

 ハンバーグが餃子になったって、別にいいんですよね。誰も困りません。おいしけりゃなんだっていいんです。それなのに「こうじゃなきゃいけない」という“鋳型”に認知症の方々をはめ込もうとすればするほど、どんどん介護の現場は窮屈になっていって、それこそ従来型の介護といわれる「拘束」と「閉じ込め」につながっていくのかもしれない。

 そういう介護の世界を変えようと日々闘っているプロフェッショナルを取材しているはずの僕が、ハンバーグと餃子を間違えたくらいのことになぜこだわっているんだ、とものすごく恥ずかしくなった瞬間、「注文をまちがえる料理店」というワードがぱっと浮かんだのです。

 おっ、これはいいかもしれない。頭の中に映像がぱーっと駆けめぐりました。僕はお客さんで、ハンバーグを注文する。でも、実際に出てきたのは餃子。最初から「注文を間違える」と言われているから、間違われても嫌じゃない。いや、むしろ嬉しくなっちゃうかもしれない。これはかなり面白いぞ。

 そしてなにより、「間違えちゃったけど、まあ、いいか」。

 認知症の人も、そうでない人もみんながそう言いあえるだけで、少しだけホッとした空気が流れ始める気がする……。

 突如として思いついてしまったこのアイデアを実現するために、僕は2016年11月から介護分野のプロである和田さんをはじめ、デザインやデジタル発信、料理やレストラン経営といった各分野のプロ中のプロたちに声をかけはじめました。

 そして、プロジェクトの主旨に賛同してくれた人たちとともに、2016年の6月、座席数12席の小さなレストランを舞台に、2日間限定で「注文をまちがえる料理店」はオープンしたのです。