74歳で大学生になった欽ちゃん

 冒頭で触れたように、萩本は現在、コメディアン、演出家でありながら、純然たる大学生でもある。

 2014年、駒澤大学を社会人特別入試枠で受験し、仏教学部に合格したのだ。

 萩本は高校卒業後、すぐさまコメディアンの修業に入ったため、大学に通う機会には恵まれなかった。

 しかし、’13年3月、長年、座長を務めた明治座公演からの引退をきっかけに、大学を目指すことになる。

1個やめるなら1個足さないといけないなと思って。何を足そうかと思ったとき『認知症』が怖いなと思った。予防するには覚える癖をつければいい。それもただ物事を覚えるだけじゃ途中で断念しちゃう。ゴールが見えないとダメ。そこで大学受験しようとなった」

 実は萩本は以前、駒澤大学で講演し、学長とも面識があった。

「仏教の教えを学ぶというのも悪くない、いつか大学に行くならここがいいな」と萩本は思っていたのだ。

 そして萩本の受験勉強が始まった。受験科目は、英語と小論文。予備校に相談し、受験英語のプロフェッショナルの先生を紹介してもらい、事務所の会議室を使って、毎週1回1時間の個人指導を開始。しかし、最初の数か月はまったく英語を覚えられなかった。

「若いころは、セリフでもなんでも5回くらい繰り返せばだいたい頭に入ったのに、この年になるとまったく入らない。先生から“これが一番いい”と言われた参考書も、僕に言わせると『説明書』で、単語や文法の意味を説明しているだけで、記憶する参考にはならない。だから、まず自分用の参考書を作ることにしたのです」

 先生から渡された参考書をコピーして、ノートに貼り、覚えやすいように単語には独自の言葉を書き加え、さまざまな工夫を凝らした。

《あど3つ認める admit》

《練習するからプラプラさせて practice》

 などとダジャレなどを使い、どうやったら覚えやすいか徹底的に考え、必死にノートを作ったのだ。2か月かけてオリジナルの参考書を完成させ、最終的には14冊の大作となった。

 小論文は、とんでもない秘策で臨んだ。

「漢字をだいぶ忘れていたので、とりあえず難しそうな漢字を100個くらい覚えていったのです」

 その漢字とは、例えば「燕尾服」「蟹」「鋏」「狼煙」「隙」などである。実際に出題された小論文のテーマの1つは『釈尊について』だった。

「お釈迦様の教えでいちばん大切なのは『命の大切さ』だろうと考えて、それを、覚えた漢字を使って文章にしていったのね」

《命の大切さにおいて蟹ほど優れたものはいない。蟹は敵が近づくと大きな鋏をかざし『俺はこんな大きな武器を持っているぞ』と敵に向かう。しかし、怯んだ相手が隙を見せた途端に逃げる。これこそまさに命の大切さを知ること。人間は武器を持つと必ず敵に向かっていく。しかし、蟹の教えでいくと、武器は戦うための道具ではなく、逃げるための道具なのである》

「で、『燕尾服』も使いたいから、最後は『蟹の心は燕尾服』ってまとめた(笑)」