苦しみの前にある喜びを忘れないで

 首藤さんにとって最初に訪れた運命的な出会いは、小学生のときに見たミュージカル『屋根の上のヴァイオリン弾き』だったそう。

首藤康之 撮影/森田晃博

そのとき劇場という空間がとても好きだと思ったんです。日常的な空間の中から劇場という異空間に放り込まれて、違和感どころかすごく居心地のよさを感じたんですね。そのときは当然、出演者と話してもいないのに、すごくコミュニケーションがとれている気がして。“いつか劇場で仕事がしたいな”と思ったんです

 バレエダンサーとして劇場での頂点を極めた首藤さんには、とてもストイックなイメージがある。そんな首藤さんにとってのリラックス法は?

僕はストイックという意識はまったくないんですよ。例えば、僕は毎朝バレエのお稽古をします。それを“朝、何しているの?”と聞かれて“バレエのお稽古を”と言うとほとんどの方が“ストイックですね”とおっしゃる。でも、僕にとってはそれが普通のこと。

 むしろリラックスだし、自分を正常なポジションに持っていく手段でもあるんです。一歩家から出ると、いろんな人がいる中で、感情が右往左往するでしょう。それをあるべきところへ戻す作業が朝のレッスンです。だから、みなさんがストイックと思っていることが僕にはリラックスで、リラックスと思われていることが僕にとってはすごくストイックなことなのかもしれません(笑)」

 いつも簡単に努力から逃げている人間からすれば、その姿勢に憧れてしまう!

「もちろん、作品を作っていく中では苦しみもたくさんありますよ。でも喜びがなければ、僕はこの仕事をやっていません。だから僕はレッスンや仕事を努力と思ったことはないんです。47歳というのは、バレエダンサーとしては高齢といえます。10代や20代のころとは筋肉も瞬発力も違う。

 年を重ねていくということがときに厳しいと思うこともあるけれど、その前に、いま生きて仕事ができているという喜びがある。何でも最初に喜びが来ていると思えば、壁を壊し扉を開いていくことができるんじゃないかな。今回も壁に当たろうと、『豊饒の海』ができるという喜びを噛みしめて、三島さんの残した言葉を大切に、丁寧に演じていきたいなと思っています

<作品情報>
『豊饒の海』
 三島由紀夫が最後に書いた長編四部作を、長田育恵がひとつの舞台へと大胆に翻案・戯曲化。この戯曲にロンドンで活躍する演出家、マックス・ウェブスターが挑む話題作。美の象徴である松枝清顕を東出昌大が、3世代の本多を大鶴佐助、首藤康之、笈田ヨシが演じる。11月3日~5日(プレビュー)、11月7日~12月2日 紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA、12月8日~9日 森ノ宮ピロティホール。
公式サイト:http://www.parco-play.com/web/play/houjou/

<プロフィール>
しゅとう・やすゆき◎15歳のとき東京バレエ団に入団し、19歳で『眠れる森の美女』の王子役として主演デビュー。以後、モーリス・ベジャール『ボレロ』やマシュー・ボーン『SWAN LAKE』など世界的振付家の作品に多数主演。'04年に東京バレエ団を退団してからは、浅野忠信監督の映画『トーリ』や小野寺修二演出の『空白に落ちた男』、シディ・ラルビ・シェルカウイ『アポクリフ』、自らのプロデュース作『DEDICATED』などに主演、活躍の場を広げている。

<取材・文/若林ゆり>