「にじいろでGO!」代表 奈良崎真弓さん

 植松被告は事件前、大島理森・衆議院議長あてに手紙を出している。その中で《障害者総勢470名を抹殺することができます》《障害者は不幸を作ることしかできません》などと書いていた。奈良崎さんは、それを報道で知った。

「心が割れた」

 植松被告の“主張”は、障がい者へのヘイトスピーチでもある。そのため、さまざまな障害を持つ当事者たちが声を上げ反論した。しかし、被害者の立場に近い、知的障害を持つ当事者たちからの声はなかった。

「『親の会』が本人と一緒に声を上げてくれるのではないかと思ったけれど、しなかったんです」

 施設で働いていた職員が起こした事件だ。奈良崎さんは誰を信じていいのかわからなくなっていた。

「これまで支援者とは、友達やきょうだいと同じような感覚で付き合ってきたんです。でも、(距離の近い人に)殺されるかもしれないと感じ、縁を切らないといけないとも思いました」

「本当に生きていていいのか」

 事件後、奈良崎さんは恐怖を抱き続けた。知的障がい者であることを示す療育手帳を普段は持ち歩くが、このころは家に置いていた。

「障がい者の社会ではなく健常者の社会にいようと思った。そのほうが平和な気がしたから」

 事件から2か月後の9月、日本障害者協議会が主催する緊急集会が参議院議員会館で開かれた。奈良崎さんは「本当に生きていていいのか」と問いを投げかけた。

 また11月には、支援者らとともにイベント『知的障がいのある自分たちの経験を話し合おう―相模原障害者施設のこと―』を企画。呼びかけに賛同した当事者10人と支援者、事務局員ら20人ほどが参加した。

「私たち障害のある仲間のことも大事だけど、生きているとはなんだろう、って。人は単純に傷つけられるし、傷つく。そう事件を通じて知った。障がい者と健常者とを分けるのではなく、つらいことを一緒に考えたいと思うようになりました」

 企画に参加した人を中心に、一緒に事件などを考えていく団体を作った。「にじいろ」は7色のことで、さまざまな人がいることが当たり前であることを示す。

 ただ、事件のことを詳細に、何度も話をするのはつらいという気持ちもある。

「事件のことは忘れてはいけないけど、それだけを話していても、しんどいだけ。聞いているほうもしんどい。だから、今後の生き方や障害のこと、自分のことなどについて、仲間同士が語る場を作ったんです。障害があってもなくても、ここにいたら笑っていてほしい」

 今年7月にもイベントが組まれた。在宅で暮らす障がい者たちは、施設で暮らす障がい者の生活を知らない。暮らしぶりをビデオつきで紹介した。

「障害の有無に関係なく、みんなが暮らすことが大事」

 来年度は、事件についてのワークショップ開催を予定している。

「相模原事件は、平成最後のみんなの印象に残る事件だと思う。海外の当事者らは、事件に関するいろんなメッセージを出している。地方でもワークショップができればいい」

 相模原事件も、強制不妊手術も、役に立たないとされた者を選別する「思想」が根底にある。障害の有無にかかわらず、人は人として尊重されるべきだ。