'04年、『カンヌ映画祭』に出席するために成田空港に降り立った木村拓哉

 平成のテレビスターといえば、キムタクだ。

 やれドラマに主演すれば高視聴率を連発、「キムタク着用衣装がバカ売れ」により“キムタクモドキ”が続出。ストリートの生態系を狂わせていたあの時代。

 バラエティー番組に出てもそう。 '08年の『笑っていいとも! 春の祭典』(フジテレビ系)で、すでにスタッフロールが流れ出す放送終了ギリギリの状況のなか、“テーブルクロス引き”を見事、成功させた拓哉。スタジオには「ギャー!」と、ほぼ絶叫といってもいいほどの歓声がこだましたあの時代。

 よく考えてみてほしい。本来テーブルクロス引きの、「ちょいと腰を落としクロスの端と端をつかんで固定させたのちに一気に引っ張る」という一連の動きは、決してカッコいいと言えたもんじゃない。もちろん成功したからこその歓声でもある。しかし、それを上回るほどの、何をしても「ギャー!カッコいい!」になるカリスマ性が数年前の木村にはあった。

木村拓哉の「納豆へのこだわり」

 そんな、“何をしても崇め奉られる”キムタク神話から一転──。もはや見慣れた光景だが、

「ネットニュースに木村拓哉の名前が躍るたびにコメント欄が荒れる」

 という現象が起こるようになって久しい。人気凋落(ちょうらく)のきっかけはもちろん、『SMAP解散のゴタゴタ』に端を発していることは言うまでもない。

 '16年1月に衝撃の『SMAP独立』報道のとき、メンバーの中で木村だけが直前の段階になって事務所脱退の意向を翻し、計画が頓挫したと報じられた。グループを“空中分解”させた張本人として、ネットメディアなどでイジリ倒された(テレビは黙殺したが)のは約3年前のこと。

 当時、マスコミが総力取材にあたった結果、どの週刊誌も「キムタクが裏切り者」と同じ論調だったことがすべての始まりだった。加えて、今の今まで、元メンバーおよびジャニーズ事務所が当時について極力触れないようにしていることも、物語の真実味を強固にしてしまっている感がある。

 こうなってしまうとファンだけでなく世間の人々も、

「あっ……これ、本当の話なんだ……」

 と信じて落胆してしまうのも当然ではないだろうか。

 キムタク=悪者という構図が世間の共通認識になっていくにつれ、次第にネットの「キムタク記事」への荒れ方が尋常じゃなくなっていったと記憶している。

 後輩の二宮和也と映画で共演すれば「ニノにおんぶに抱っこ」「先輩面がひどい」と書き込みが寄せられ、TOKIOの番組にゲストで出たら「偉そう」「態度がでかい」と叩かれる。

 その現状は令和へと元号が変わろうとしている今でも変わらない。ここに一例を挙げたい。

 4月中旬に公開されたネットニュースの記事、

木村拓哉、オススメの納豆レシピを紹介 こだわりのかき混ぜ方も力説(ORICON NEWS)

 SMAP時代ではありえなかったであろう取り上げられ方に、今の彼の現状はこうなのだと若干の憂いを感じつつ、コメント欄をのぞいてみた。

《年齢には勝てないってことがよくわかる写真ですね》

《あの美しかったキムタクはどこへ》

《昔はどんな瞬間でもかっこよく決まっていたのにな~》

 案の定、批判めいたコメントが並んでいる。記事の本旨である「木村拓哉、納豆かき混ぜへのこだわり」に触れたコメントはごくわずか。ほとんどが記事に使われた写真について「ビジュアルが劣化した」ことへの書き込みばかり。