懸念される内部被ばくへの影響

 過去のデータからは、放射性セシウムが体内に取り込まれたとき、その量が体外に排出されて半分に減少するまでの期間は乳児で9日、50歳で90日とされてきた。しかし、それは水溶性であることが前提にある。

大気エアフィルターや土壌から発見されたセシウムボール。写真は'19年の宇都宮聡・九州大学准教授らの論文から
すべての写真を見る

 '17年3月、原発事故の内部被ばくへの影響に関するシンポジウムが開かれた。そこで、セシウムボールによる内部被ばくの影響について、学者が発表を行っている。

 日本原子力研究開発機構の佐藤達彦氏は、局所被ばくの可能性も示唆しながら「従来の被ばくと応答(影響)は異なる可能性がある」と発表。放射線医学総合研究所の松本雅紀氏も「従来の可能性を仮定した吸入による被ばく線量評価と異なる可能性」を前提に、シミュレーションや生体内挙動モデルを検討。両者とも過去の知見が適用できない認識は共通している。

 また、大分県立看護科学大学・国際放射線防護委員会(ICRP)の甲斐倫明氏も前出の番組の中で「内部被ばくの影響は見直していく必要がある」と話している。核や原子力を推進する組織の学者たちが、セシウムボールの影響については、これまでの知見を適用できないとする慎重論を述べているのだ。

 数々の原発訴訟に関わる井戸謙一弁護士は、このセシウムボールの健康影響を特に懸念している。

「リスクがはっきりしないのであれば、そのような環境を避けるのが最良の対策です。それができなくても、マスクなどの対策はしてほしい。でも、いまの日本は、マスクで防護を行うだけでも攻撃される可能性がある」

 事故直後から、被ばくを恐れると、特に国の避難指示のなかった地域では「過剰反応だ」と叩かれる風潮もあった。被ばくに関しては「いちばんのリスクはストレス」(元原子力規制委員長・田中俊一氏)との発言があるなど、実際の健康影響は否定されがちで、自己防衛すら「風評被害」と責められる空気もある。

「広島・長崎の原爆症認定訴訟でも、ニュアンスはさまざまあるが、内部被ばくを考慮しないのは適切ではないという内容の判決も出てきています」(井戸氏)

 国際的にみても、核開発当時から、内部被ばくの軽視は問題にされてきた。

「そこをはっきりさせてしまうと、核開発は非人道的なものと評価され、続けられないのでしょう。日本はその問題に正面から向き合い、考えなくてはならないと思います」(井戸氏)

 原発事故後、安倍政権は原発に反対する多くの世論をよそに、大飯、高浜、玄海、川内、伊方など、国内の原発を次々と再稼働させてきた。また同時に、海外に向けては原発輸出を進めてきたが、米国、英国、台湾、ベトナム、リトアニアなどで輸出はすべて失敗した。

 世界が脱原発に舵を切る中、電気事業連合会の会長に新たに就任した関西電力の岩根茂樹氏は今年6月、「原発新増設」に言及。日立製作所の株主総会では、社長の東原敏昭氏が、「引き続き(原発を)推進していく覚悟だ」と強気な構えを見せる。

 福島第一原発事故で生まれたセシウムボールという「未知の領域」である課題を抱え、事故被害者や住民の健康を軽視したまま、日本はどこへ行くのか。

(取材・文/吉田千亜) 


吉田千亜 ◎フリーライター。福島第一原発事故で引き起こされたさまざまな問題や、その被害者を精力的に取材している。近著に『その後の福島 原発事故後を生きる人々』(人文書院)