土屋さんが回想する。

「『電波少年』では同じようなシリーズ企画を何度もやっていますが、逃げ出さなかったのは矢部ぐらいですよ。あんな弱々しそうな見た目なのに、意外と強情なんです。それに、こういった長期の企画は人間性も大切。性格が悪いと、それが画面から伝わって視聴者は見続けるのがつらくなってしまう。矢部には、見ている人が応援したくなるひたむきさや純粋さがあるのだと思います」

『電波少年』での成功体験は、矢部を奮起させた。その後、彼は以前から興味があった気象予報士の資格取得にチャレンジ。猛勉強を重ね、合格率数%の難関を突破したのだ。

『電波少年』の後も土屋さんとの交流は続いた。三十路にさしかかったころ、矢部は土屋さんが担当する深夜番組に起用されたが……。

「僕のアパートの部屋でロケをした際には、ミニバイクで部屋を走りまわったり、霊媒師が部屋にお札を貼りまくるなんて企画があって……。その部屋の大家さんにバレて、引っ越すことになったんです」

大家さんとの距離感に戸惑い

 不動産屋で見つけた、新宿区内の木造2階建て一軒家。外階段を上がった2階の部屋が矢部の新しい住まいになった。20畳超の広いワンルームに、キッチン、バス、トイレがついており、矢部は内見して即決したという。運命の出会いが待ち受けているとも知らずに─。

 その物件の1階には、80代の大家さんがひとりで暮らしていた。小柄な矢部よりも小さく、物腰が柔らかくて上品なご婦人。それが初対面の印象だったという。

「引っ越しの挨拶にうかがうと、“ごきげんよう”って。“この人なら、深夜番組見ていないだろうから大丈夫かも”と思いました(笑)」

 ひとつ屋根の下に暮らす生活が始まってほどなく、矢部は大家さんとの距離感の近さに戸惑いを覚えるようになる。

「家に帰って電気をつけた瞬間に“おかえりなさい”と電話があったり、帰宅が朝になったときには、僕の洗濯物が勝手に取り込まれていたり。最初は驚いた部分もありました」

大家さんとの距離感に戸惑いを覚えていたころの様子を描いた漫画 (c)矢部太郎/新潮社
【写真】父である絵本作家のやべみつのりさん、高校生時代の入江慎也と

 そのうち、大家さんからお茶や食事の誘いが来るようになる。普通の若者なら「面倒なおばあさんだなぁ」と思うところかもしれない。しかし矢部は違った。

「誘ってくれるのは寂しいからじゃないかなって……。それに、ご高齢のひとり暮らしの家に知らない人が住んでいるわけなので、きっと不安ですよね。だから、僕のことをもっと知りたいと思ってくれたのかもしれません」

 誘いを受けて踏み入れた大家さんの部屋は、絵画が飾られ、脚付きの家具が鎮座する素敵な空間。美しいティーカップにそそがれた紅茶を味わいながら、矢部は次第に大家さんの話に引き込まれていた。

「大家さんは昔のことを鮮明に覚えていて、戦争で疎開したときの思い出を昨日のことのように話してくれるんです。かと思えば、本もたくさん読まれていて、昔の名作から最近のベストセラーまで感想を話し合うこともありました」